福岡・警固神社の社務所ビル内に新施設をオープン。八芳園の井上義則社長に聞く変革の軌跡、交流の未来

Presented by 八芳園

林亜季

東京・白金台に日本庭園を持ち、結婚式場などを運営する株式会社八芳園がこのたび、福岡・天神に遷座し400年以上の歴史を持つ警固神社の社務所ビル内に新たな総合会場をオープンした。 八芳園は江戸時代にさかのぼる由緒があり、約1万坪におよぶ敷地に有する広大な庭園では四季折々の自然美を楽しめるほか、歴史的な建物や茶室が点在し、伝統的な建築美も味わえる。休日は婚礼、平日はビジネスカンファレンスや各種イベントでにぎわう。2022年にはバイデン米大統領と岸田文雄首相が夕食を共にした舞台にもなった。 八芳園の井上義則代表取締役社長は2003年に八芳園に入社以降、ブライダル事業の変革に取り組み、一時年間1000組前後まで落ち込んでいた八芳園の年間の挙式披露宴組数は4年で2000組に回復した。今では結婚式場の人気ランキングでも上位に入る八芳園。なぜ福岡・天神に新施設を開設したのだろうか。井上社長にこれまでの変革の軌跡とこれからの展望を聞いた。

井上義則

八芳園 代表取締役社長

1970年生まれ、福岡市出身。ブライダル企業でサービス・営業・企画・広報を経験。システム開発会社を経て、2003年に八芳園入社。取締役営業支配人、常務取締役総支配人、取締役専務総支配人を経て、2021年10月、取締役社長に就任、初の非創業家社長となった。2023年10月、代表取締役社長に就任。

「警固神社×八芳園」で新たな集いの場をプロデュース

八芳園の名は「四方八方どこから見ても美しい庭」という由来を持つ。かつては収入の大半がブライダル領域だったが、インバウンドの増加と東京オリンピックの開催をきっかけに井上社長が主導し、MICE事業(※)などにも積極的に取り組み、そのプロデュース領域を広げている。創業80周年を機に「交流文化創造」と称した市場創造にも取り組む。

※MICE:Meeting、Incentive Travel、Convention、Exhibition/Eventの頭文字を取った造語。企業などの研修旅行、国際機関・団体、学会などが行う国際会議、展示会・見本市、イベントなどの総称

今年、西鉄福岡(天神)駅から徒歩1分という好立地にある警固神社の社務所ビル9階に「THE KEGO CLUB by HAPPO-EN」を設けた。

写真提供:八芳園

警固神社の歴史と文化を重んじ、福岡の伝統工芸が空間を彩る、和の魅力あふれる会場をつくりあげた。イベントやカンファレンスやビジネスイベント、パーティーやブライダルなど、九州の文化や食の魅力を表現する多彩な集いの場として注目されている。

写真提供:八芳園

「モノづくりの後継者問題」に潜む2つの意味に気づいた

井上社長は1970年生まれ、福岡県出身。日本一の家具の産地である福岡県大川市とは交流があった。

日本全国の職人たちが直面している後継者問題。大川市に入り込んでさまざまな職人たちと話をするうちに、井上社長はものづくりにおいての「後継者問題」に2つの意味があることに気づいた。一つは言葉通り、少子化や若年層の流出により後を継ぐ人がいないという意味。もう一つは「稼げないから継がせるつもりはない。自分の代で終わりにしよう」という現実だ。「地域のものづくりの文化は失っちゃいけない。本当の意味で地域活性をしていくためには、ビジネスがリードしていかなければと強く感じました」

大川市の職人たちと生み出した組み立て式茶室

2017年には訪日外国人に向けた地域の魅力発信と観光の活性化のため、大川市と包括的連携協定を締結。大川の家具職人たちと開発したのは、今では八芳園のイベントに欠かせない組み立て式の茶室「無常庵-MUJYOAN-」。さまざまな場所に設置でき、使わないときに片付けられる、まるで家具のような画期的な移動式茶室。細かい木材を、釘を使わずに組んで作る精巧な表現技法「大川組子」も取り入れた。

写真提供:八芳園

「MUJYOAN」はこれまで海外のイベントや、海外から多くの来場があるカンファレンスなどの場面で披露され、その職人技の美しさと唯一無二の体験価値が多くの人を魅了している。

写真提供:八芳園

「東京の八芳園がショールームとなって職人技を披露して、地域のものづくりの文化を世界に伝えられることに気づいた」という井上社長。そこから海外やインバウンド向けに日本のものづくりや文化を伝えていくようになった。

「福岡には大きな勢いがある」。職人技を生かす、新たなショールームを

かねて「ショールームが地元・福岡にもあれば」と考えていたところ、警固神社側から、神社の中に社務所ビルを建てるので、テナントで入らないかと相談が持ちかけられた。福岡・天神の中心地であり、ビジネスで訪れる人も多い。空港が近いのも大きな利点である。休日は神社での結婚式に合わせた披露宴なども実施できるようになる。「福岡には天神ビッグバンや博多コネクティッドを含めた、街としての機能や魅力を高めようという大きな勢いがあります」。福岡を舞台に新たな挑戦を決めた。

静粛さを表現する空間にしようと考えた。ワンフロアに大川のふすまや障子などの建具をふんだんに用いて、窓の外に賑やかな看板が立ち並ぶ繁華街の景色をあえて隠すようにあしらった。神社の境内で両手を合わせた時の、しんとした厳粛な雰囲気を表現した。

写真提供:八芳園

福岡のMICEに八芳園のプロデュース力を

「THE KEGO CLUB by HAPPO-EN」では、福岡のMICEを盛り上げることもミッションとしている。

現在、国家間や地域間でMICE誘致合戦が激化し、都市間競争の様相を呈している。日本政府観光局(JNTO)の国際会議統計によると、福岡市で開かれた国際会議の件数はかつて東京に次いで国内2位だったが、2017年に神戸市と京都市に抜かれ、4位に後退した。

いい国際会議場があるというだけではMICEを誘致できない。「会議の後の『アフターコンベンション』で福岡ならでは、八芳園ならではのユニークな体験やコンテンツを提供できるかが重要」。そこで八芳園が東京や海外で培ってきたプロデュース力を生かしていくと意気込む。「福岡のMICEを東京に次ぐ2位に再浮上させたい」

空港からの近さや、アジアとの近さが福岡の優位性になるとみている。たとえば福岡から台湾や韓国へ、といった、国境をまたいだ国際会議や国際交流も、福岡だと短時間でスムーズに実現できる。「福岡にMICEを誘致し、コンテンツやおもてなしを磨き上げることによって、観光やサービス、ホスピタリティ産業やイベント産業、飲食産業などの賃金アップにも貢献したい。それらの産業は賃金が低いと思われています。どう賃金を上げていくかということはすごく大事なテーマ。そのためにも、海外からのインバウンドには大きな可能性があると思っています」

福岡に新たに法人を立ち上げた理由

こだわったのは、「地域の一員になること」。拠点を置くだけでなく、株式会社八芳園の傘下に株式会社八芳園エリアプロデュース警固を設立し、東京のスタッフを派遣するのではなく地域で採用。また、福岡銀行より「ポジティブ・インパクト・ファイナンス」(環境・社会・経済へのポジティブな効果を増大させる融資)を受けた。サステナビリティ経営と、地域とともに持続可能な社会の実現を目指し、警固のプロジェクトに取り組む。

職人たちが「稼げないから」と次世代への事業継承を諦めようとしている姿が心に引っかかっていた。東京よりも、ものづくりが地域のビジネスやサービスと密接に繋がっている福岡という都市だから、MICEなどを通じて福岡で外貨を稼ぐことができるようになれば、ものづくりやサービスに携わる人も稼げるようになる。「ものづくりから人の交流やビジネスの機会創出への循環を生みやすいという意味でも、福岡のポテンシャルは高い。そこに真の意味で貢献したい」と井上社長。

大局を見据えながら、福岡の新事業に力を入れる。「福岡においてはまだ新参者ですが、「総合プロデュース企業として、八芳園をチームに入れておくと少し福岡が面白くなるぞ、と思っていただけると、何かしら役に立つと思います」。

原動力となっている八芳園のパーパス

改めて、井上社長がMICE事業に注力するようになった経緯と、八芳園変革のストーリーを紹介したい。

世界のMICEの市場規模は、2023年の9043億ドルから、2030年までに1兆6051億ドルの市場に成長すると予測されている(フォーチュン ビジネス インサイトより)。予測期間中のCAGR(平均的な年間成長率)は8.54%。しかし、成長市場への投資という意味合いだけではない。

日本のお客様には、心のふるさとを。
海外のお客様には、日本の文化を。

もともと八芳園グループとして掲げているこの企業理念が原動力なのだという。

「日本人には心のふるさと、つまり思い出の場所を。生まれ育った場所や就職した場所など、心のふるさとと呼べる地域を持続可能なものにしていきたいという思いで動いています。一方、海外の方には日本のものづくりや伝統工芸、伝統芸術などを伝えていきたい。その多くは東京ではなく地域にあります。八芳園はそれらをプロデュースし、発表していく場になっていくのです」と井上社長。

先人は、超えるためにある──2度目の東京五輪にも参画

多様化する結婚式のあり方を受け、2000年代には下降線を辿っていたブライダル業界。井上社長は八芳園で「生涯式場」というコンセプトを掲げて挑んだ。過去に結婚式を挙げたカップルを招き、改めて感謝を示す「サンクスパーティ」などの新施策を打ち出し、同時に社内変革を遂行し、事業を導いた。

その後井上社長が臨んだのが東京2020オリンピック・パラリンピックへの参画だった。1964年の東京大会でプレスハウス・レストランの最高責任者を務めていたのは八芳園の創業者だった。

先人は、超えるためにある──。食の多様化や多言語化に対応し、各方面にさまざまなアプローチを行った末、東京2020オリンピック・パラリンピックにおける「一般社団法人ホストタウンアピール実行委員会」の主幹会員としての参画が決まった。諸外国からの東日本大震災の復興支援の感謝も込めて、オリンピック・パラリンピックの参加国や地域との人的・経済的・文化的な相互交流をはかる取り組みだ。そのイベントプロデュースやメニュー開発などを八芳園が担当することになった。

白紙も、俄然やる気に燃えていた。コロナ禍で進めた大変革

2度の東京五輪ともに携わることが決まった矢先、コロナ禍が襲った。「この後、どうしたらいいのか……。実は僕の中で答えがなかったんですよ」。

決断は早かった。2020年4月7日の緊急事態宣言に先立つ3月中旬から2カ月間のクローズを発表した。社員たちと、テレワーク下でもお客様とのつながりを続けていけるよう模索しながらも、これからの戦略については白紙。

しかし「俄然やる気に燃えていた」と井上社長。自社の強みやケイパビリティの棚卸しをし始めた。「歴史ある風光明媚な庭園という装置産業、それに婚礼事業や食など労働集約型の産業、そのハードパワーとソフトパワーでやってきた。これから先を見据えたときに、何が足りないのか」。

既存事業の強みにこれまでの弱みを掛け合わせ、新たな事業部をどんどん新設していった。ソフトパワーにデザインを、ハードパワーにデジタルを……。コロナ下において「雇い止め」なども社会問題化し、業界でも従業員の雇用を守れるかが喫緊の課題だったが、井上社長はデザインやデジタルの領域で採用を進め、事業と組織の拡張に舵を切った。

自ら描き、実践してみせたポストコロナの「交流の未来」

八芳園内にいち早く配信スタジオを設け、ソフトバンクロボティクス株式会社と連携協定を結び、「非接触」に対応する配膳ロボットの導入などDXに注力。1年後の2021年4月には、八芳園でこれからの交流のあり方について提案するハイブリッド型カンファレンス&ショールーム「交流の未来DX~業界の外で、はじまっている変曲点~」を株式会社オータパブリケイションズ主催のもと開催した。

写真提供:八芳園

これまでは主催者がゲストを一堂に集めてタイムスケジュールを組み、ゲストの行動をコントロールするものだった。コロナ禍でその常識が変わり、これからはハイブリッド型で、ゲストが会場だけでなく、庭園やカフェなどでも自由にイベントを視聴することができるようになるはずだ。一斉配膳を避け、非接触で食を提供していくようになる。そんなトレンドを先読みして提案し実践、動画に撮影してプロモーションしていった。

東京五輪関連の活動を通じて得たイベント招致事業のノウハウを存分に活かして、「老舗の結婚式場」のイメージからはほど遠いビジネスカンファレンスを自ら運営。未来を描き、世に提案し、実践してきたからこそ、現在のMICE事業における独自の強みを築くことができている。

「業界一位」には興味がないと断言する。「既存の産業や市場の中で勝ったり負けたりを競い合うという時代じゃない。それぞれが企業としての理念やビジョンに即した人材育成や商品・サービスの開発、ブランドづくりを行い、最終的にはそれらが社会や地域と循環していきながら、営利だけではなく公益にもつながっていくことが求められている」と井上社長。

まずは現場で形にする。半年間の休館で「交流文化創造拠点」へ

井上社長が見据える、これからの「交流」とは──。「テクノロジーが進化し便利を追求する一方で、時に全くテクノロジーから離れた人との交流や文化、自然に没入するといったニーズも膨らみ、大きく二極化する」と見る。

「AI活用やデジタル化が進んでいくことは間違いなく、労働力不足も加速するため、ロボット化やスマート化を進めて新しい『便利』を生み出していかなければいけない。一方でその反動で、人と人の出会いやぬくもりといった目に見えない価値がますます重要になってくる。そんな中で、ホスピタリティや寄り添い力、傾聴力を磨くことや、感性を刺激しインスピレーションやアイデアが湧いてくるような創造的な活動が求められていくと思います」。

東京の八芳園では2025年2月から9月末までの約半年間の休館を発表した。さらなるMICEの需要や地域のプロデュースを見据えた、拠点構想を描く。本館を中心に“日本の美意識の凝縮”をコンセプトに“交流文化創造拠点”に全面改装する予定だ。

この交流文化創造拠点には異なる文化や背景を持つ人々が集い、創造的活動と地域との交流を促す拠点機能を高めていく。

井上社長は、「場」の価値創造は、地場性と美意識を起点にすべきだと考える。特に日本は、世界的にも希少な地域の自然・文化・コミュニティの多様性を持ち、地場と美意識こそ日本の未来の強みであると考えている。

地場産業といえば、地方に発祥し歴史を持つ一次産業や伝統工芸などのイメージが強い。しかし、それだけではない。井上社長が目指すのは「交流の力で、それぞれの土地の自然環境や地域文化・コミュニティ固有の潜在価値を発掘し、持続的に価値を高めていく新しい『場』のあり方」だ。

自身を「トレンドセッター」と称する。井上社長が意識しているのが「ニューコンビネーションを生み出す発想力」。そして、未来を見据え、新たな一手を高速で打ち続け、素早く形にしていく「ショールーム戦略」だ。

井上社長を社員はどう見ているのか。「社長はぶっ飛んでいる、またとんでもないことが始まったよ、と思っている社員も多いでしょうね」と笑う。

新たな挑戦を繰り出し続ける八芳園に魅せられて、異業種から飛び込んでくる社員も少なくない。老舗の結婚式場から総合プロデュース企業へ大変革を遂げた八芳園のこれからの「一手」に引き続き注目したい。

text & edit by Aki Hayashi / photographs by Takuya Sogawa

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