「カルチャー」のルーツは、土地に宿るという。英国の批評家レイモンド・ウィリアムズによると、「culture」の語源は「土地を耕す」という意味のラテン語の「colere」に由来する。東京・原宿の神宮前交差点に位置する東急プラザ原宿「ハラカド」が4月17日に開業する。新たなカルチャーの創造・発信拠点を目指す「ハラカド」は、これまでの商業施設のセオリーとは全く異なるスタイルで生まれたという。東急不動産は第一線で活躍するクリエイターたちと、原宿をどのように耕していくのか。これまで通りのビジネスが難しくなる中、どのような未来を描いているのか。原宿の持つ「文脈」とは。東急不動産の城間剛氏に聞いた。
城間 剛
東急不動産株式会社 都市事業ユニット 渋谷開発本部 プロジェクト推進部 事業企画グループ
2010年、東急不動産SCマネジメントに入社。商業施設運営に従事しながら地域の事業者や生活者とのコミュニティづくりに注力。2022年からは東急プラザ原宿「ハラカド」の事業企画に携わり、開業前のプロモーションやPRを担当。
答えがない時代だから、クリエイティビティが必要
なぜカルチャーを主軸にしたのかと聞かれます。テクノロジーが発達し、SNSが普及して、誰もが表現者になれる時代が訪れました。これまでのマスメディアを介した情報発信だけではなく、個人が主体となって情報の発信と受信ができる時代。個人の価値観がより多様化し、さらにパンデミックで事業環境が大きく変わりました。
売れる立地に人気のテナントさんを集めて、集客をして売り上げを立てて事業収益を稼ぐ。そんな商業施設のこれまでの「王道」が通用しなくなってきました。私たちだけでなく、世の中全体として「答えのない答えを探していく力」が必要だと思っています。
「ハラカド」のプロジェクトメンバーの間で、「クリエイターってどういう人なんだろう」「クリエイティビティってどういうことなんだろう」という話をよくします。私たちの中では、一部の人が持っている独創的な発想をクリエイティビティと言うのではなく、誰もが本来持っている「自分らしく表現しよう」という気持ちを抱いて、自分なりに何か表現しようとしている人こそがクリエイターではないかと整理しています。
人間の欲求を5つの階層に分けて説明した心理学の理論として、マズローの欲求5段階説があります。生理的欲求・安全の欲求・社会的欲求・承認欲求・自己実現の欲求の5つがあり、生理的欲求から順に満たされるという説です。
私たちに残っているのは、最上級の欲求である自己実現の欲求。まさにそれを実現しようと活動をしている人がクリエイターと言えるのではないでしょうか。そしてそのようにして生まれた活動や表現の総体がカルチャーと言えるのではないか。そう考えています。
まだない答えを探して自分なりに仮説を立て、自己表現しながら検証していく。このプロセスはまさに今の事業環境も同じ。用意されている答えはなく、自分なりに課題を設定して、その解決方法を自ら導き出していく必要があります。これからのビジネスにおいても、ブレイクスルーを起こすため、あらゆる業界や場面でクリエイティビティが必要になってくると思っています。
「カルチャーショック」から始まった原宿・神宮前のルーツ
原宿・神宮前という街の形成はおよそ100年前、1920年に明治神宮が創建されたあたりから始まりました。
第二次世界大戦の敗戦後、ちょうど今の代々木公園のあたりに、ワシントンハイツというアメリカ空軍と家族のための兵舎・宿舎ができました。それをきっかけに表参道の一帯に米軍用の店が続々と生まれ、原宿駅から神宮前交差点にかけて、進駐軍向けのファッションや日用品の店舗が並んでいたそうです。
原宿が持つ雑多なカルチャーや文脈には、そういった歴史的な背景が起因しています。戦争に負けた当時の日本人たちは、戦勝国であるアメリカの人たちが闊歩する姿を見て、大きなカルチャーショックを受けたのだと思います。言葉も背景も全く異なる文化を受け入れて、認めざるを得なかった。そういった経緯から、多様な人を許容し認め合う土壌ができたのではないかと私は考えています。
表参道と明治通りの交差点に1958年に米銀関係者らの共同住宅として完成した「原宿セントラルアパート」は、店舗が入った1960年代から1970年代にかけて原宿の若者文化を形づくりました。喫茶店「レオン」にはタモリさんやコピーライターの糸井重里さん、写真家の浅井慎平さんら最先端のクリエイターやメディア関係者が集まっていたそうです。
そこではいろんな背景を持ち、自分なりの表現をしている人たちが互いに認め合い、触発されながら新しい創作活動につなげていった。「レオン」が象徴するように、原宿はその後も最先端の文化を生み出してきました。
1980年代には原宿から代々木公園までの歩行者天国でラジカセを囲み、竹下通りにある「ブティック竹の子」で購入した奇抜なファッションで踊っていた若者たちが「竹の子族」と言われ、話題になりました。
こういったカルチャーが原宿を舞台にどんどん生まれてきたのは、多様な人が集まり、他者の文化や背景を受け入れて混じり合い、認め合い、触発され、新たなものを生み出す土壌が原宿・神宮前交差点にあったからだと思います。その土壌が人を惹きつけ、さらに新たな価値が生まれていったのです。
これまでの商業施設づくりを覆す
街づくりや商業施設づくりにおいては、単純に土地に建物をつくるというものではなく、その街が持っている歴史的な背景や文脈に沿って、その街に必要な機能を強化していくことが一番大事だと思います。東急不動産としても、さまざまな土地の開発を手がける上で、街の魅力を引き出すことを全体的な方針としています。
今回、我々が担うべき役割は、「ハラカド」「オモカド」を拠点とし、神宮前の良さや特性を増長させて、文化を創造し、それを発信していくことです。ということで、コンセプトは「文化創造・発信拠点」としました。
「ハラカド」はこれまでの商業施設のモデルと大きく異なる進め方をしています。これまでは我々事業者が主体となって企画を作り、その企画をテナントさんに落とし込んで実装していました。逆に、いま我々が取り組んでいるのは、アイデアや思いを持つ個人から企画が出てきて、施策に昇華させるという進め方です。
例えば、かつての原宿セントラルアパートの文化を継承し、発展させていく文化創造装置として「ハラカド町内会」を構成しています。れもんらいふの千原徹也さんをはじめ、入居予定のクリエイターの皆さんと議論をしながら、ともにアイデアを形にしています。
クリエイターとカルチャー創出エコシステム。東急不動産の「未来への投資」
今回、「ハラカド」「オモカド」の交差点の大型施設と、原宿・神宮前の路地の複数の拠点を連携させ、原宿に集う才能ある個人にクリエイティブ活動に取り組んでいただけたらと思っています。その路地で生まれた作品を、交差点側の大型施設を活用し、世の中へ発信する支援をしていきます。
具体的にはハラカドの3階にできる「クリエイターズプラットフォーム」に展示するスペースやイベントスペースを設け、SNS発信に活用できるシューティングスタジオやJ-WAVEさんのPodcastスタジオで発信環境を整えます。
路地で生まれた新しい才能が交差点に集って、世界へと発信し、クリエイター同士の共創も生んでいく。施設や施策全体としてそんなエコシステムをしつらえ、機能させていきます。
商業的な話になりますが、神宮前交差点のあの人通りのある立地で、人気のあるテナントさんに入っていただいて、従前の商業施設のモデルでビジネスをすれば、確実にある程度の売り上げは見込めるものです。
そういう意味では、今回の原宿・神宮前の歴史を踏まえて、カルチャーを軸とした街づくりに取り組んでいくというのは、東急不動産としても大きなチャレンジです。まさに、未来に対する投資です。
日本の人口はこれ以上は増えないと言われている。パンデミックを受けて、人々の価値観が変わった。そんな中、あえてリアルな世界で商売をする意味とは。新たなことにチャレンジしなければ。その思いが起点となり、短期的な利益ではなく、中長期的に街の価値を上げていくためのプロジェクトです。
原宿カルチャーの魅力は「ダイバーシティ&インクルージョン」、多様性に尽きます。異分子を受け入れ、認め合うことで新しいものを生み出す。原宿の歴史と文脈を受け継ぎ、個性と才能をぶつけ合う場づくりを通じて、独自の文化の創造と発信を加速させていきます。
「ハラカド」3つの注目ポイント
#1 トップクリエイターと企業・人が集まり、共創するプラットフォーム
オフィスとして入居するトップクリエイターだけでなく、クリエイティブマインドを持つ多様な人々や企業が出会い、共創することで新しい文化を生み出し、世界に発信できる機能を実装する。3階の「クリエイターズプラットフォーム」では、「クリエイティブな社交場」を目指す会員制のクリエイティブラウンジや角打ちスタジオ、博報堂ケトルのソーシャルクリエイティブ専門のスタジオ、Podcastスタジオとアートギャラリーを併設した新たなスタジオ「J-WAVE ARRTSIDE CAST」などが、個人や企業のクリエイティブ活動を支援する。
#2 原宿の路地で生まれた才能が開花するエコシステム
商業施設と消費者の関係にとどまらず、原宿の街を訪れる人に対して、発信者や表現者として活躍する機会と仕掛けを街として設けた。「オモカド」を中心とした神宮前交差点周辺の複数の当社物件を連動させ、エリア全体で共に新しいカルチャーを創造・成長させていく。東急不動産は、2施設だけではなく、「個人の才能が生まれる場」として周辺路地にクリエイターが集い、表現・挑戦できる施設を複数設けている。交差点の「ハラカド」「オモカド」を「個人の才能が開花する場」と位置付け、両者を有機的に相互連携させ、新しい文化創造・発信・共創のエコシステムをつくる。
#3 銭湯や個性的なテナント・レストラン
地下1階には、高円寺で90年続く老舗銭湯の「小杉湯」が「小杉湯原宿」をオープン。湯上がり文化を満喫でき、企業やブランドと掛け算することで原宿の新たな憩いの場を目指す。物販やサービス店舗の中には、ECサイトのブランドによるリアル初出店、地方のブランドの原宿初出店など、新たなチャレンジをする店舗を多数そろえた。飲食フロアは「原宿のまちの食堂」として屋上テラスと合わせて全23店舗が集まり、これまでの原宿・神宮前エリアにはない過ごし方やグルメ体験を提供する。
text & edit by Aki Hayashi / photographs by Takuya Sogawa