企業変革や組織開発の文脈で「カルチャー」という言葉が飛び交う。企業カルチャーの強化や社内浸透の取り組みが盛んである。東京を拠点に様々な企業やブランドの広告やブランディングを手がけ、プロデューサーとして、映画監督としても活躍する千原徹也氏が、ビジネスパーソンや企業に対して「カルチャー」の強化と実装を手がけ始めている。 すでに複数の企業にCCO(チーフ・カルチャー・オフィサー)などの立場で携わる千原氏。企業カルチャーの刷新・強化や、従業員のクリエイティブスキルやマインド醸成に取り組む。また、今春開業した東急プラザ原宿「ハラカド」を拠点に、個人向けにもカルチャーやクリエイティブの技術を教えるスクールを5月に開校する。 そもそも、カルチャーとは? いま、企業やビジネスパーソンが本気でカルチャーに取り組むべき理由とは? 1万字に及ぶ千原氏へのロングインタビューを、7つのポイントで紹介したい。
01、カルチャーこそが「人」を惹きつける
僕は東京を拠点にクリエイティブやデザインを通じて、さまざまな企業やメディア、ファッションブランド、俳優、アーティストらと組み、ブランディングや広告、映画など色々なコミュニケーションを生み出してきました。そんな中で、クリエイターと企業の関わり方は、広告を作るだけではないと思うようになりました。
あらゆるデザインの仕事を引き受ける中で、ミリ単位のレイアウトやタイポグラフィーの妙を学び、技法として一つひとつ身につけてきましたが、ここ数年、伝統的な広告手法から、新しいデジタル広告やコンテンツへの移行が進んでいることを特に実感しています。
僕自身、商品のポスターや広告ビジュアルなどの仕事単体での依頼は少なくなってきている一方で、企業や自治体そのもののブランディングや都市開発など、より俯瞰的な、大きな仕事の相談が増えてきました。
デザインする際には、視聴率やマーケティングの要素も考慮しなければなりません。過去の成功体験だけではなく、現代の広告市場やこれからの消費者のニーズも考慮する必要があります。情緒や文化的な要素を取り入れたデザインを行い、マーケットの変化に対応していかなければならないと考えています。
クリエイターの真価が、企業活動に必要
一方で、消費者だけでなく、クリエイティブの力で企業と企業人に寄り添う。クリエイターがこれまでに培ったノウハウやリソース、ネットワークを生かし、企業を形づくる、ビジネスの本質的なところに力を発揮する時代に突入したのかなと思っています。
すでに企業カルチャーの重要性を認識し、社内カルチャーの醸成や強化に力を注いでいる大手企業もみられます。
カルチャーとは何か。直訳すると「文化」。街、音楽、ファッション、映画、アニメーション......。カルチャーは人を惹きつけ、数字だけでない「ワクワク」を生み出します。
東京のカルチャーは世界に誇れるものであり、これからの日本企業がその価値を高めるために、あらためて実装すべきものだと思っています。
本物のカルチャーから学び、企業の中から強いカルチャーを生み出す。あるいは変革する、強化する。この人手不足、採用難の時代に従業員や採用候補者を惹きつけ、またステークホルダーや顧客もしっかり惹きつける強いカルチャーを実装していく。
いまこそ、クリエイターの真価が企業活動に必要とされるようになってきた。そう思っています。
02、企業とビジネスパーソンがカルチャーを実装すべき理由
僕がデザインの仕事をスタートした25年前、CDジャケットや広告ポスターの仕事ではいまの何十倍も予算があり、アートディレクターはマーケティングのことを考えずに、デザインのことだけを考えて、思いきり楽しんで仕事をしていました。現在では考えられませんが、いまはなきファッションカタログの制作で何度もハワイに行って撮影していました。
徐々にすべてがWebに移行して、テレビの視聴率のような粒度ではなく、さらに詳細に、個人がどのような行動や消費をしたかということまで追いかけられるようになってきました。より精緻なマーケティングが可能となり、「こんなに予算をかける必要性はないよね」「そもそも今回は広告自体いらないよね」という判断ができるようになり、デザインの仕事も減っていきました。
コロナ禍で広告やキャンペーンのDXが進みました。さらにこの1、2年で一気に進んだのがAI活用です。
数年前から一緒に仕事をしているサイバーエージェントで、AIの関連事業と、クリエイティブ・DX事業などを統括する常務執行役員の内藤貴仁さんと初めて会ったとき、AIを活用した取り組みや独自のデザイン手法に驚きました。
サイバーエージェントではなんと2014年からAIの研究開発を始め、広告制作に活用しているそうです。ソーシャル時代の広告はよりパーソナライズされたクリエイティブが必要ということで、AIを活用して爆速かつ膨大に作成、アルゴリズムを使って効果的なクリエイティブを選択していると聞きました。
効果や効率に限界が訪れるとき
いち早く取り組んでいるからこそ、AIが日常的な仕事を代替していく一方で、効果や効率を追求した手法の限界が訪れようとしていることも話してくれました。アルゴリズムが数字や「正解」をはじき出してくれ、それに即したクリエイティブもAIが生成してくれる。当然、変化に順応できない人や企業は淘汰されてしまいますし、これまで作業的に仕事をしていたクリエイターの仕事は代替され、なくなっていくでしょう。
クリエイターだけでなく、あらゆるビジネスパーソンが、AIやアルゴリズムだけでは解決や想定や生成できない仕事ができるかどうか。これからより人間本来の力、創造力が重要になっていくという話で盛り上がりました。オリジナルの表現には、種となるアイデアが必要です。そしてマーケティング手法やアルゴリズムが導き出したものではなく、独創的なアイデアを生むために必要なのがカルチャーです。
人間的な欲求や文化的な背景、ストーリー、時代の空気をキャッチし、これからのビジネスやクリエイティブに反映できるかどうか。AIを駆使し、常に最先端の技術を先取りしてきた内藤さんから一方で感じたのは、デザインやカルチャーに対する情熱です。会話を通じて、彼はカルチャーやファッション、音楽などに関する最先端の知識やセンスを備え、常にアップデートし続けていることがわかりました。
デジタル化が進み、効果や効率ベースの世の中で、カルチャーが軽んじられてきました。数値化できないからです。しかし数字や効率が加速した結果、結局行き着く先が、人間本来の創造力で勝負する世界だと思っています。
カルチャ一教育や企業へのレクチャーを手がけている立場として、こういった認識をもっと伝えていきたいですね。
03、DXの次、「CX」が企業を変える
カルチャー変革こそが、日本企業の次なる鍵。
はたらく人の行動原理を変えるのは、カルチャーだ。 組織やカイシャの魅力を形づくるのも、カルチャーだ。 お客さんの心を掴むのも、カルチャーだ。
飽和状態のビジネスに新たな風を吹かせるのも、カルチャーだ。 競争力を失ったこの国のビジネスが再び世界で戦える余地があるとしたら。 それは、カルチャーだ。
東京カルチャーとクリエイティブが企業と融合し牽引していく時代に。
千原氏らが企業向けにカルチャー変革を手がける「Tokyo Culture Lab」ステートメントより
コロナ禍を経て、いつでもどこでもリモートで仕事ができるようになり、フリーランスとして仕事する人や転職者も増えました。人手不足で、優秀な人は引っ張りだこ。採用にかかる費用は膨らむ一方。従業員のモチベーションや会社へのエンゲージメントを高く保っておくのが、どんどん難しくなっている。そう感じている経営者も多いのではないでしょうか。
働く人の気持ちを考えると、一体、何のために会社があるのでしょうか。「この会社で働き続けたい」と思える何かがあるというのは重要です。
人がモノを買う以上に「この会社に身を置く」というのは重大な選択で、その人のアイデンティティにも関わってくる。若い人はもはや、ダサい会社にはいたくない。これからは企業のカルチャーや、会社自体がイケてるかどうかが問われます。
経営陣が考えている以上に重要な課題として、数値化しにくいからこそ真剣に現状を認識して対策に取り組まないといけないと思っています。AIが従業員の仕事を代替していく時代、会社にとっても、従業員にこれからも活躍してもらうために、AIには生み出せない新たなビジネスやサービスを生み出すクリエイティビティやセンスを高めていく必要があるはずです。
「クリエイティブ・ジャンプ」へ導くカルチャー変革を
誰もがクリエイターのマインドを求められる時代。その鍵がカルチャーにあると思っています。「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」の次は、「CX(カルチャー・トランスフォーメーション)」の時代です。
「Tokyo Culture Lab」では、東京をベースにしたクリエイティブ・エージェンシー「monopo Tokyo」とコラボし、企業向けに経営陣やマネージャー陣へのコンサルティングや研修を行います。
他にも知人のクリエイターやタレント、アーティストらと一緒に社内でコミュニケーションやワークショップをしたり、対外的なプロジェクトを立ち上げたり。企業とのコラボも含めて、社内外で「クリエイティブ・ジャンプ」(クリエイティブの力で、これまでのマーケティングで予想できる成果を飛躍させ、大きな成果を挙げること)を起こす土壌をつくっていきます。
僕が培ってきた東京カルチャーとクリエイティビティを、元々持っているその企業らしさと融合させる。会社と従業員のカルチャーへのリテラシーを高めるとともに独自の企業文化を育み、会社全体を「イケてる会社」に変革していきます。
原宿は憧れの場所でした。90年代、渋谷原宿は、ファッション+音楽+デザインと、東京カルチャーが世界を席巻していました。それから30年、新しいメディア、インターネット、YouTubeやTikTokなどが登場し、街の存在意義のすべてが様変わりしました。今回、東急プラザ原宿「ハラカド」がオープンすることを聞きつけ、この場所をもう一度、東京カルチャーの拠点、憧れの場所にできないか?と考えました。
「Re:DESIGN SCHOOL」ホームページ(https://www.redesignschool.jp/)千原氏コメントより
04、原宿で、クリエイターになろう
個人向けには、「原宿で、クリエイターになろう。」と掲げ、「Re:DESIGN SCHOOL / リデザインスクール」を5月に東急プラザ原宿「ハラカド」で開校します。世界的なクリエイターを輩出し、いまもクリエイターたちが行き来する原宿を舞台に、第一線で活躍するプロがクリエイティブの技術や感性、カルチャーなどを教える専門学校です。
グラフィックデザインや映像編集、UI・UXデザインなど専門的な知識・技術を学ぶだけでなく、講師陣とのコミュニティに参加してその後のキャリアにも繋げていくことができます。また、キャリアパートナーとしてプロフェッショナル・エージェンシーのクリーク・アンド・リバー社と組むことで、就職先の紹介や相談もできるようにしました。
学校では教えない「中二病クラス」も
大人向けだけでなく、「中二病クラス」として、10~15歳を対象にしたクラスも設けました。自分の興味や関心を追求できる環境を用意し、映画、漫画、アニメ、テレビ、音楽、ファッション、デザインなどさまざまな分野の知識をインプットします。カルチャーが武器になる働き方など、学校では教えないことをどんどん教えていきます。
僕自身も大きな影響を受け、いまでも仕事や会話の引き出しになっているのは10~15歳ぐらいの多感な時期に受けたカルチャーです。1980年代の終わりに過ごした中学時代、手塚治虫先生の漫画やレコード、市川崑監督の映画作品など素晴らしいカルチャーに触れました。1981年に開局したWOWOWの影響も大きかったですね。そうした経験や知識がいまの仕事につながっていると感じます。
この時期に育まれた自身のセンスやいいものを見極める判断力が、将来的にとても重要になってきます。
AIやアルゴリズムでより数字的な「正解」を導いてくれるようになったいまだからこそ、自分の価値観で「これが面白い」とジャッジできるような人を育てていきます。原宿のカルチャーを体現し、原宿に憧れてきた人たちを面白く導いていく場所にしたいと思っています。
05、自分でジャッジできているか
現代社会ではあらゆるものが手に入り、多様な選択肢の中から、私たちは自ずと毎日選択を重ねています。
ビジネスパーソンのみなさん、数字やアルゴリズム、他人の評価に左右されず、自分で本当に「これがいい」と思うものを選択できていますか?
自分の好みや興味を見つけ、感性を磨くためには、色々な経験を積んでいくことが大事だと話しました。目先の売り上げのために計算された施策ではなく、会社への影響を中長期的かつ多面的に考えて、自信を持って「これが良い」という選択ができていますか? レストランや旅行先、観る映画を選ぶ際にも、ランキングや星評価ではなく、自分の感覚を信じて選んでいますか?
例えば広告。これまでにない、あっと驚くようなアーティスティックな広告よりも、人気キャラクターを使った広告の方が即効性は高いかもしれません。
以前、とある広告制作案件で、「この広告の効果が最大限になるように計算すると、どうしてもこの著名人を起用する以外ないのです」と言われたことがあります。AIでもアルゴリズムでも短期的な売り上げは出せると思いますが、ビジネスパーソンとして、会社として、それが本当にベストな選択と言えるのでしょうか。
10年後、20年後にも思い出してもらえるか
企業が誇りを持ち続け、存続していけるかどうか。10年後や20年後にも思い出してもらえるかどうか。短期的なパフォーマンスだけではなく、中長期的な企業のブランディングに寄与するか。従業員の思いを汲んでいて、企業文化にハマっているか、これから採用していく人にとって魅力的に映るかどうか。そういったことを総合的に判断して、自信を持って「良い」と判断できるかどうか。それが人間に問われているんです。
例えば商業施設のプロモーション。開業時の来場者数という瞬間風速だけが高まるような内容になっていませんか? オープン当初は人が殺到するかもしれませんが、その商業施設自体が10年後も20年後も栄えていって、従業員や関わる人みんなが誇りを持って携わることができているかどうか。長期的な展望を考えて絵が描けているかどうか。売り上げを伸ばすことも大切ですが、単に数字だけではなく、会社の魅力や楽しさ、ブランディングとしての中長期的な価値も考える必要があります。重要なのは、社内カルチャーの理解や文化への感性を持った人々が、長期的な視点で考え、自分で決めることです。クリエイティビティや直感に自信を持ち、勇気を持って新しいアプローチや手法や表現を提案しませんか。
日本のビジネスパーソンの中には、この点で苦手意識を持っている人も少なくありません。従業員のクリエイティビティへの自信(=クリエイティブ・コンフィデンス)を高めることは、これから企業が取り組むべき課題の一つだと思います。映画や音楽などを通して、個人としてもセンスや自信を高めていくことも大切です。
06、センスは「知識」だ
センスとは一体何なのか。「あの人はセンスがあるから」と自分の可能性を諦め、思考停止に陥っていませんか。僕は結局のところ、センスとは知識だと考えています。多くの人は、センスが努力の上に成り立っていることを知りません。何かに取り組むときや表現したとき、周囲から「センスがいいね」と言われるのは、興味や知識が豊富だからだと思います。服のコーディネートでも、映画の撮影方法でも、広告の表現でも、センスが良いのは、多くのアイデアや知識があるから。センスとは、本当は誰もが磨ける力なのです。いいものを生み出そうとするときに、これまでの先例やセオリーを踏まえた上で、それを踏襲していくのか、壊していくのか、一つずつ考え抜く。本当に前例踏襲でいいのか、本当にこれからも流行していくのか。100のアイデアを出しても、これで本当にいいのか、もっといい表現はないかと再考する。人一倍多くの情報や知識を得て、もっと深く考え、もっと自己成長していく必要があると思います。
映画をたくさん観ることで、映画についての理解が深まり、映画へのセンスが磨かれていく。料理、ファッション、音楽、デザインでもきっと同じことが言えます。
「問い」を持ち続けよ
そして「問い」を持つこと。僕自身、アイデアを出すスピードや質が数年前より上がている実感があります。その理由は、自分の中で世の中のあらゆることに対する問いを持つようになったから。
報道や情報の真偽について、社会で論点になっていることについて...... 。いろんな立場に立って考えをめぐらせ、仕事や作品を通して、問いに対する自分なりの解を表現するようにしています。
AIによって生成されたクリエイティブは、その精度の高さが話題になっていますが、結局は人間が指示しているので、アウトプットとしては人の想像の範囲内で、単調なものになりがちです。
これまでにないもの、革新的で面白いと思えるもの、将来にわたって記憶に残るもの......。人として生まれたからには、自分自身のセンスを磨き、社会への問いを持ち続け、あなたにしかできない仕事や作品を生み出していきませんか。
07、個の時代だからこそ、「自分ごと」を手がけよう
組織よりも「個」が重んじられる時代になりました。みなさんは「会社ごと」だけではなく、「自分ごと」のプロジェクトに取り組んでいますか。
僕自身は映画をつくるのが長年の夢でした。幼い頃、父に手を引かれて行った映画館で最初に観た『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』。見たことのない世界にのめり込みました。そして20歳の頃から「映画監督になる」と言い続けてきました。
2019年の元日に企画書を書いたところから、映画『アイスクリームフィーバーのプロジェクトが始まりました。
やりたかったことは「映画制作をデザインする」ということ。配給会社やプロデューサーに会いに行くも門前払い。コロナ禍の影響で、ともに取り組んでいたチームが降り、白紙に戻ったことも。それでも、この作品は絶対に面白くなる。そう信じて僕なりのやり方で進め、「I SCREAM FILM」という制作プロダクションを設立しました。資金調達から制作チームづくり、キャスティング、配給会社へのプレゼン、パンフレットやポスター、コラボ広告まで一貫して手がける映画監督は珍しいのではないでしょうか。映画づくりはとても難しい。最初の頃はマーケティング的にはじき出された映画づくりのセオリーに捉われていたこともありました。ただ、映画づくりのセオリーや人の意見に左右されると、面白いはずの作品づくりがどんどん面白くなくなってきました。
映画は大きなビジネスで、一つひとつの決めごとが大きな影響を与えます。結局、周囲の人が反対しても、自分自身の責任で決めていかないと、次のステップに進めない。そう腹を決めました。
自分ごとだからこそ、 セオリーからあえて逸脱した
例えば、『アイスクリームフィーバー』では、画面の比率を一般的なワイドサイズの16対9ではなく、4対3にしました。「画面が狭まってしまう」と反対意見も強かったのですが、映画の世界観や雰囲気に合わせると、このサイズにするのが必然だったんです。映画はハリウッドのような壮大な作品だけでなく、街中の小さな物語もあります。渋谷という街の小さな物語の空気を映画に反映させるために、さまざまな試みをしました。視野を狭めていくよう比率を調整していく中で、4対3がこの映画に適していると感じたのです。僕がアートディレクターとして制作した映画のポスターでは、ロシア語やフランス語を思わせるオリジナルフォントをつくり、「I・CE・CREAM・FEVER」と違和感を持たせる改行をしています。
カタカナ読みを入れない、登場人物の女性2人が正面向きではないなど、映画ポスターのセオリーからはあえて逸脱したレイアウトで世界観を表現しました。
こういったディテールをどこまで気にするか、どこまで重要だと考えるかは人によって異なります。他の人の意見に左右されてしまうと、結果をどう捉えていいかがわからなくなります。何が正解だったのかを振り返るには、自分で判断することが必要。まず自分がやりたいと信じる方向に進んで、その後で結果を測る必要があります。
興行的にはもう少し伸びてほしい部分はありましたが、「オシャレな映画」「魅力的」「カルチャーが詰まっている」といった声や、他の映画にはない斬新な手法が話題にのぼり、一定の成功は収めたと言えると思います。自分で決めてきたからこそ、一つひとつのジャッジについて振り返りができ、次の作品に活かすことができる。そう思っています。
海外の映画館で上映会を行うと、熱い反応をいただきます。国内で言及されることは少ないですが、「女性同士の恋の物語を自然に描いている」という点での感想も多いですね。原作では男女の話でしたが、作品の世界を踏襲しながら女性同士の話にしたのは、渋谷の街中で自然に起きていることだから。LGBTQについてどう捉えているか聞かれることも多く、その点はまだまだ公に語られにくい日本との違いを感じましたね。
「有言実行」が導く新世界
また、東京オリンピックに向けて、東京を盛り上げようと立ち上げた「KISS,TOKYO」も自発的なプロジェクトです。ニューヨークの「I ♥NY」にヒントを得て、唇のマークで「KISS」と読ませるロゴを作りました。
海外では挨拶代わりにキスをする人々も多い一方、日本ではキスはちょっと照れてしまう。その奥ゆかしさに日本人のアイデンティティがあると考え、世界中の人に東京を愛してほしいという思いをこめました。Webサイトやグッズ、期間限定ショップ、フリーペーパーも出しています。
「いつかはサザンオールスターズの仕事をしたい」。そう言い続けていたら、桑田佳祐さんのソロ30周年のオリジナルアルバム『がらくた』のコンペに参加する機会をいただき、選ばれました。CDジャケットや広告、ライブツアーのビジュアルやグッズまでアートディレクターとして手がけることができました。「映画監督になりたいと言う人はたくさんいるけど、実際にやる人はなかなかいない」と言われます。
変化の激しい世界、正解はわからない。誰かに言われるがままではなく、自分の人生だからこそ自分で責任を持って、会社ごとだけではなく、自分ごとも全力で手がけていかなくてはと思います。やりたいことは口に出す。そして実行する。
「有言実行」が周囲の信頼や次のプロジェクトにも結びつき、自分自身を新たな世界へ導いてくれると信じています。