世の中は「知財」でできている。ビジネスパーソンのための知財のススメ

大久保敬太

日々、新しいビジネスが生まれる一方で、競争が激化するビジネスの世界。 新たな事業を成功に導く鍵となるのが「知財」です。 世の中の新たなサービス・ビジネスには、必ずと言っていいほど「知財」が深く関係しています。新たな事業が求められる時代、「知財」はビジネスパーソンの必須科目といえるでしょう。 本コラムでは、AlphaDrive R&D Incubation Centerの中村光太が、ビジネスに役立つ知財の題をお届けします。

中村光太

株式会社アルファドライブ R&D Incubation Center

2017年にソニー株式会社 (現ソニーグループ株式会社)の知的財産部門に入社。ライフサイエンス、デジタルヘルス、医療機器、ロボティクス分野の知財担当として、自社研究開発からの事業化、自社技術のライセンス含む協業、大学機関との連携やスタートアップ支援など、様々な事業形態の知財支援実務やプロジェクトリードに従事。2022年より社内スタートアップを兼務し、事業企画としてWeb3.0を活用した地方創生プロジェクトの立ち上げに貢献。2023年よりアルファドライブへ参画。

スマホ1台に知財が10万以上!? 世の中のサービスは知財だらけ

まず、普段私たちが利用している商品やサービスに、どれくらいの「知財」があると思いますか?

有名な話ですが、今や生活必需品とも言えるスマートフォンには、1台に10万以上もの知財が詰まっていると言われています。理由は、スマートフォンのコアな技術だけではなく、商品の独自性をうむさまざまな要素にそれぞれの知財があり、権利として守られているためです。

例えば、画面のデザインは「意匠権」、アプリをスムーズに動かすための技術は「特許権」、さらには「iPhone」や「Galaxy」といった商品名、「App Store」「iTunes」などのアプリ名も「商標権」によって保護されています。

細かいところでは、iPhoneは画面を下にスワイプした際、全体が下に動いて「バウンド」するUIがありますが、これも特許なのです。

「知財」を使いこなせれば、ビジネスのエンジンになる

ここから「知財」というものについて少し具体的に説明します。

知的財産権、いわゆる「知財」とは、人間の創造的な活動によって生み出された、目に見えない財産の権利のことです。

例えば、画期的なアイデアを思いついて商品をつくったとしても、他人に模倣されてしまう可能性がありますよね。そこで、特許権や意匠権、商標権といった権利を取得することで、自分のアイデアを守ることができます。

代表的なものとしては、以下の4つが挙げられます。

  • 特許権:発明を保護
  • 実用新案権:物品の形状などの考案を保護
  • 意匠権:物品、建築物、画像のデザインを保護
  • 商標権:商品やサービスに使用するマークを保護

これはほんの一例。マニアックなものだと、植物の品種を保護する「種苗法」などもあります。たまにニュースで見ますよね。これを守る法律も、知的財産権なのです。

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知財のビジネス活用は大きく2つ

ビジネスへの活用は「①開発した商品やサービスを、競合から守る」「②世の中の知財を調べて、経営判断に使う」がメインです。

  1. 新たな商品を世に出すときに特許権などを出願し、真似されないようにすることです。
  2. いわゆるリサーチ活動です。世の中にどのような知財が増えているかを見て、企業としてどの領域の研究開発に注力するのか、自社の独自性が見込めそうな領域はどこかを検討するのです。

このため、企業の知財部門は、経営戦略と非常に密接につながっています。

自社の権利を戦略的に活用することで、ビジネスにおける競争優位性を築き、事業の成功へと繋げていくことができるのです。

ビジネスの例でいうと、世界的な企業であるGoogle(アルファベット)の躍進も、知財戦略なくしては語れません。 Googleはサービス提供をはじめた初期に、検索結果の表示順位を決める独自のアルゴリズム「ページランク」に関する特許を取得しており、これが検索エンジンとしての地位を確立する上で大きく貢献したとされています。

まさに、ビジネスの成長には「知財」があるということです。

新規事業は知財の塊。ステップごとの活用方法

ここから、特に知財が大活躍する「新規事業開発」での、知財の解説をしていきます。

新規事業開発では、顧客のニーズを捉えた魅力的な製品やサービスを開発することが重要ですが、それと同時に、他社との差別化を図り、競争優位性を築くことも欠かせません。

そのため、新規事業開発の各段階において、知財戦略を意識することが重要になります。

新規事業開発の各プロセスで必要な知財施策

MVP期。事業の中核に位置付ける特許の出願を行う
SEED期においては、ローンチに向けた商標取得のほか、競争力を確保するための周辺技術の特許出願を行う
ALPHA期以降。特許やその他の知的財産権の出願件数が増加する

まず、新しいビジネスアイデアを思いついたら、「先行文献調査」を行いましょう。 これは、すでに同じようなアイデアが存在するかどうか、特許データベースなどを用いて調査することです。

先行文献調査の結果、自身のアイデアに新規性があると判断できれば、特許出願などの手続きを行い、権利化を目指します。 権利を取得することで、模倣を防ぎ、競争優位性を確保することができます。特許情報は技術的な優位性を示す指標となるため、資金調達や事業提携などにおいても有利に働く可能性があります。

また、本コラムの冒頭で、「スマートフォン1台に10万以上の知財がある」というお話をしましたよね。これは極端な例ですが、新たな事業やサービスにはいくつもの知財が関係するものです。

まずコア技術で特許の必要性を判断し、出願。新規事業が育っていく過程でうまれるさまざまな知財も、順次出願していくことが必要です。一度で終わりではなく、継続的に考えていくといいでしょう。

「知らない」は通用しない。訴訟を起こされるケースも

ここまでは、自分たちの考えた新規事業を守るための活用でしたが、特に「特許侵害調査 (特許クリアランス調査)」においては「自分たちのサービスを予期せぬ他社からの権利活用から守る」という目的もあります。最悪、知財訴訟にまで発展することもあるため、侵害調査は慎重に行う必要があります。

人のアイデアを真似して商品をつくるのは当然ダメです。しかし、これほどたくさんの知財が世の中にある時代、「真似する意図はなくても、知らずに権利を侵害してしまう」ことがあります。

ひとつ、私が実際に経験した怖い話を紹介します。私は前職の会社で、ライフサイエンス製品の開発プロジェクトに知財担当として携わっていました。

そのプロジェクトでは、画期的な製品開発に成功。満を持してプレスリリースを行う直前、最終チェックの段階で、他社が保有する特許と、私たちが開発した製品の技術が、非常に似ていることが判明したのです。

すぐに社内で対応を協議し、弁護士にも相談。最終的にサービスを世に出すことができましたが、本当に大変でした。もちろん、リサーチが十分でなかった私(当時・入社3年目の若手)はめちゃくちゃ怒られましたね。

この経験を通して、私は改めて開発の早期から知財を意識することの重要性を痛感しました。

特に、グローバル化が進む現代においては、海外企業との競争も激化しています。 そのため、新規事業を開発する際には、国内外の特許情報をはじめとする知財情報を、常に意識しておく必要があるのです。

知財は、ビジネスを強くするツールである

新しいビジネスを始める際には、ワクワクするアイデアや、熱い情熱が不可欠です。 それと同時に、自身のビジネスアイデアをどのように守り、育てていくのか、という視点を持つことも大切です。

忙しいビジネスパーソンにとって、知財は後回しにされがちですが、特に技術系の事業においては事業の「攻め」と「守り」のための非常に重要なツールです。

「知財は難しいもの」「自分には関係ない」と、先入観で捉えずに、まずは「知財」について、正しい知識を身につけることが重要です。 専門家の力を借りながら、知財を戦略的に活用することで、皆さんのビジネスをより強固なものへと成長させていきましょう。

 text & edit by Keita Okubo

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