なぜ馬なのか? リーダーシップが求められるビジネスパーソンほど乗馬にハマる理由ー前編

高嶋麻衣

仕事のパフォーマンスを上げるためにも運動習慣を取り入れているビジネスパーソンは多いと思う。そして、その傾向は人をマネジメントする立場に上がるほど強くなる。 リーダー育成の研究と研修を行う米国の非営利機関「Center for Creative Leadership」の調査レポート(※)によると、管理職の約88%が「運動が仕事のパフォーマンスに明確に影響する」と答えている。そして、運動習慣がある管理職ほど、上司や部下から「有能なリーダー」と評価される傾向が高いとの結果も出ている。 では、どんな運動が多いのか? 上記レポートでも頻繁にできる運動が勧められているが、「ウォーキング」「ジョギング」「筋トレ」「ヨガ」など、隙間時間ででき、場所を選ばないタイプの運動が適している。 その観点において、 “乗馬” は不適切な選択である。 なにしろ、時間とお金がかかる。日本ではマイナーなスポーツであるが、多少なりとも馬の世界に足を踏み入れた人は、乗馬がいかにタイパ・コスパが悪いものか理解していると思う。

しかし、忙しい人ほど乗馬にハマる傾向が見られる。とくに、経営者や管理職などリーダーシップを求められる立場の人ほど。これは単に、お金と時間に余裕があるから、という理由だけではないように感じる。

なぜそこまでして馬なのか。

癒しを求めて?ステータスがあるから?

それだけで続けられるほど乗馬は気軽なスポーツではない。

忙しい合間をぬって足繁く乗馬クラブに通う人たちから、彼らが馬にハマる理由を推察してみたいと思う。

※)「The Care and Feeding of the Leader’s Brain」

https://cclinnovation.org/wp-content/uploads/2020/03/carefeedingleadersbrain.pdf

高嶋麻衣

Ambition特約編集者

生まれた時から馬が好き。11歳から乗馬を始め、世界中の馬を巡り20ヶ国以上を旅する。 2019年、「書きつつ、乗りつつ、飲みつつ…」という暮らしを実現するため、横浜から東北に移住。 14頭の馬と4匹の猫と暮らす。仕事場は厩舎の上の屋根裏。

必然的に郊外へ。心身のリフレッシュ効果

「心の洗濯をしに来ました」(東京から東北の乗馬クラブに通う医師)

乗馬クラブは基本的に郊外にある。馬には広い土地が必要だからだ。「馬に乗りにいく」となったら、必然的に都心から離れる。

都市の喧騒から離れ、郊外の自然豊かな環境で馬と過ごす時間は、心身に大きなリフレッシュ効果をもたらす。

意思決定やマネジメントに神経をすり減らしているビジネスパーソンにとって、気を張り続ける日常から離れて馬と過ごす時間は、心と体のバランスを取り戻すきっかけになる。

馬上からこんな景色を眺めたら心がすっきりしないわけがない

私がいる東北の乗馬クラブも、最寄駅から車で山道を登ること1時間の場所にある。決してアクセスが良いとは言えない。クラブのお客様は車で1〜4時間かけて通ってくる。さらに、都心や関西から定期的に来られる方もいる。

大阪から年に2、3回来られる医師は、「心の洗濯をしに来ました」と、到着するとまず山へ向かう。若い医師達のマネジメントに苦労しているそうだ。馬と触れ合う姿からはそんなストレスは感じられない。いつもすっきりとした顔で仕事へ戻られる。

動く瞑想。マインドフルネス効果

「なにもかも忘れられる」(大手金融企業に勤める会社員)

出張先のロンドンで同僚に勧められて乗馬を始め、馬歴20年を超える知り合いは、アマチュアながら国内の競技会でたびたび優勝している。彼に、乗馬を続ける理由を聞いてみたら「なにもかも忘れられるからですかね」という言葉が返ってきた。

「馬の上ではすべてを忘れられる」、つまり「今ここ」に集中することができる。俗に、マインドフルネスと言われる効果だ。1点に集中することで得られる幸福感・高揚感は何にも代え難い。実際に乗馬は「動く瞑想」とも言われ、自然療法的な癒しの時間として活用されている。

私がどんなコンディションの日であれ、毎朝、馬にまたがる理由もここにある。朝から全力集中することで1日がポジティブに始められる。馬との生活を始める前は、早朝にジョギングをしたりヨガをしたりしていたが、圧倒的に集中できるのは乗馬だ。

なぜだろう?馬上で、より「今ここ」に集中できるのは、乗馬は「六感をフルに使って“感じる”スポーツ」だからだと思う。

馬上では言葉のない会話を続ける。ポルトガルのインターナショナルライダーは毎日早朝から欠かさず馬のトレーニングを行う

「人馬一体」という言葉は、決して “気持ち” の問題ではない。「鞍上人なし、鞍下人なし」とは、巧みな技術によって馬がまるで自分の体の一部のように感じることである。人馬一体となるには、自分と馬の一挙手一同、両方を感じとり、合わせる必要がある。二人三脚でバレエを踊るようなものだ。

言うが易し行うが難し。初めて馬に乗った人の多くは「思ったより揺れますね」と言う。不安定な馬上で自分の四肢をコントロールできるまでに膨大な練習量を要すが、うまくできないからといって好きなだけ練習できないのも乗馬の難しいところだ。馬の体力を考慮すると馬上にいられる時間は限られ、失敗を繰り返すことは馬への負担となる。

さらに草食動物として鋭い感覚を持つ馬は、350度見渡すことができる視力や、数百m先の会話まで聞こえる聴力で、人には「見えない」「聞こえない」ものも感知する。馬上では、「シックスセンス」をフル稼働させながら彼らの感覚に寄り添い、馬を安全に導く必要がある。霧のなかで車を運転しているくらいの集中力だ。

この「集中せざるを得ない状況」が、常に複数の課題を同時に抱え、頭の中が休まることがないビジネスパーソンにとって大きな意味を持つ。馬上では今月の数字や、締め切り、やる気のない部下のことなど、考えている余裕はない。

すべてのスポーツは自己との対話かもしれない。乗馬もその限りだが、加えて馬との対話でもある。馬上の世界では、馬と自分のみ。そこで生まれる強制的なマインドフルネスが、貴重な「日常からのリセットタイム」になる。

いつもと違う場所で行われる競技会では、特に集中力と馬との対話が求められる

自由の象徴。ステータスシンボルとしての意味

「馬に乗っているとき、私たちは自由を借りている」(ヘレン・トムソン)

もちろん、乗馬はステータスシンボルであるという点も人の上に立つビジネスパーソンにとっては外せない。

「趣味は乗馬」と話すだけで、「かっこいい」「すごい」と言われる。馬に跨れば、下から見上げられながら、賞賛の言葉を投げかけられる。誰だって悪い気はしない。

インドにて。馬で街中を通るとたちまち人が集まってきて羨望の眼差しを向けられる。手を合わせてお辞儀をする人もいる。すっかりマハラジャや女王になった気分だ

「乗馬=お金のかかるスポーツ」というのは紛れもない事実である。馬の値段自体は、0円〜数億円とピンキリだが、かかるのは維持費だ。乗馬クラブに預ける預託料に月15万前後、競技会に出るとなると馬の輸送料など毎回数十万円かかる。海外遠征をしようと思ったら数千万円になる。

そもそも、乗馬は歴史的に貴族や上流階級の嗜みとして親しまれてきた。「いかに良い馬に乗っているか」が身分の象徴であった。現代人にとっては、車が所得や地位を象徴するものかもしれない。世界に数台しかないプレミアカーには破格な値がつくが、馬はすべてが唯一無二で、その命には限りがある。「良い馬」にかける熱量は比較にならない。

ポルトガルで毎年開かれる最も大きな馬の祭典では、「どうだ!」とばかりに自慢の馬を披露する人が国内外から数百人集まる

また、馬は「自由の象徴」でもある。「馬に乗っているとき、私たちは自由を借りている」とは、作家ヘレン・トムソンの言葉だ。馬の躍動を感じ、風を切って草原や海岸を走る快感は、他のどんな乗り物からも得られない。心の解放を感じる。

働き手や移動手段としての馬は不要になった今、わざわざ馬に乗るということは、どれほどの贅沢だろう。「自由」がお金と時間と場所の解放から手に入るものだとしたら、馬に乗ることは、自らの裁量で時間や空間をコントロールできる存在であることを示すシグナルにもなる。

行き止まりのない砂漠を爆走する。このまま空に駆け上がれそうな気持ちになる

ビジネス的なネットワーキング

「乗馬クラブは社会の縮図だ」(広島から東北の乗馬クラブに通う医師)

乗馬クラブには、あらゆる職種の人が集まる。多い職業は、経営者、医者などの士業、教師、会社の「偉い人」。そして、親に無理やり連れて来られている子どもを除いて、やる気のない人はいないから、必然的に空気は盛り上がる。

乗馬自体は個人スポーツだが、人との繋がりを求めて続ける人も多い。実際、馬に乗っている時間よりクラブハウスでお喋りしている時間のほうが長い人もよく見かける。

馬の話題で距離が縮まり、仕事とは直接関係ないフラットな関係性の中で信頼関係を築けることから、結果的にビジネス上の人脈形成につながることも少なくない。「馬好き・動物好きに悪い人はいない」という暗黙の大前提も信用につながっているのかもしれない。

ポルトガルの競技会場。ビール片手に馬上で会話が弾む

欧米ではゴルフに代わって接待乗馬も行われる。スティーブ・ジョブスは、散歩をしながら議論をすることを好んだというが、馬に揺られているとアイデアが湧きやすかったり、話しにくい相談も持ちかけられたりする効果があるのだろうか。

また、競技会はとくにじっくり話ができるチャンスだ。欧米の競技会は完全に社交やビジネスの場で、会場にはバーが併設されていたり、厩舎を豪華に飾りシャンパンで馬主をもてなしたり、あちこちで「商談」が行われる。

大きな大会には必ずVIPシートがあり、「おもてなし」の場としても活用される

さすがに日本ではそのような光景は目にしないが、ゴルフのように接待要素が強い場とは異なり、純粋な趣味としての乗馬を通じて築かれるつながりは、人脈を必要とするビジネスパーソンにとって貴重なネットワーキングの機会となる。

冬場の退屈しのぎに貴族が始めたハンティングは、社交の場。今でも昔ながらのスタイルで開催される

リスクがあるからやめられない、興奮作用

「勇気とは、死ぬほど恐ろしくても、それでも馬に鞍を置いて乗ることだ。」(ジョン・ウェイ)

「優雅」に見えるかもしれないが、乗馬は見た目以上に頭と体をフルに使うスポーツだ。

とりわけ馬術のなかでも、障害飛越やクロスカントリーのような競技は、癒しのスポーツというより危険と背中合わせのスリルが最大の魅力になることがある。高い障害を前に、集中力は極限まで高まり、体内ではドーパミンやアドレナリンが一気に放出される。

迅速な判断が求められ、ひとつの判断ミスが大きな事故にもつながる。「跳べるだろうか」という緊張と「よし、いけた!」という解放の繰り返しによって強烈な快感が生まれ、それが「またやりたい」と思わせる中毒性につながるのだ。

障害飛越競技の時間は約2分だが、フルマラソンを走り終えたときと同程度の心拍数になる

心理学的にも、この現象には説明がつく。ザッカーマンのセンセーションシーキング理論は、人には「強い刺激や新奇な体験を求める傾向」があり、危険を伴うスポーツに惹かれるのは自然なことだとしている。また、いわゆるアドレナリン・ハイと呼ばれる状態 も、危険を伴う活動がやめられなくなる背景だ。

ウェスタンライディングの見せ場「スライディングストップ」。馬を加速させ急停止する。成功すれば大きな声援を得るが、失敗すれば馬に大きな負担が伴う

「勇気とは、死ぬほど恐ろしくても、それでも馬に鞍を置いて乗ることだ。」とは、俳優ジョン・ウェインの言葉であり、ビジネスシーンでもよく引用される。

この感覚は、「迷ったら険しい道を選択する」という人に強く響くのだろう。大きな怪我を負うリスクがあるにもかかわらず続けるひとつの理由は、この恐怖と高揚が表裏一体になった体験が忘れられないからとも言える。己への挑戦であることが、向上心の高いビジネスパーソンをやみつきにさせる大きな理由のひとつなのだ。

これらは、乗馬以外にも言える?

前半では、「リーダーシップが求められるビジネスパーソンほど乗馬にハマる理由」を5つほど挙げてきたが、これらのひとつひとつは乗馬以外にも当てはまるのではないかと思う。

サーフィンや山登りなど自然を感じられるスポーツは他にもあるし、走るだけでもマインドフルネスになる。ヨットやゴルフにステータスを感じる人もいるだろうし、多くのスポーツはある程度の危険をともなう。

そのため、これらは馬にハマったひとつの言い訳や建前かもしれない。そこで後編では、より「乗馬」特有のポイントを考えてみたいと思う。

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