ビジネスパーソンよ、スナックへ行こう。現代人のためのネガティブ・ケイパビリティとママが持つ力

Ambitions FUKUOKA編集部

「常に結果を出さないといけない」「自分の意見を持たないといけない」「賢く生きないといけない」。 忙しい毎日を送っていると、気づけばそんなことばかり考える“現代病”を患ってしまう。 そんな時にこそ行ってほしいのが、福岡をはじめ九州の飲食店街に欠かせない、スナック。 かつてスナックのママを務めていた筆者が、なぜ今、私たちにスナックが必要なのかを考えてみた。

田代 くるみ

ライター、ラジオパーソナリティ

1989年、宮崎県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、編集プロダクション、フリーライターを経て、2017年に宮崎へUターンし、PR・コンテンツプロダクション「Qurumu」を設立。宮崎県最大の歓楽街であり、最大のスナック街であるニシタチにて、スナックを紹介するスナック「スナック入り口」の立ち上げに携わり、2024年までママを務めた。

不条理で、不毛で、不可解なスナックの世界

「田代さん、『ビジネスパーソンこそスナックへ行くべし』というコラムを書いてみませんか」。本誌・大久保編集長からそんな声をかけられ、さてどうしたものかとPCの前で手が止まった。果たして、現代人にスナックはそもそも必要なのだろうか。

こんな冒頭から始まって恐縮だが、昨今の私たちが生きる世界というのは、合理的で、有益で、可解なものが“一番”とされる風潮がある。コスパとタイパを重視する私たちの周りには、分かりやすく、誰もが腹落ちするコンテンツがあふれかえっているし、議論をすれば必ず何らかの結論を出そうとする。なぜならそのほうが、意味があって、無駄がない「時間」——いや、「人生」の使い方だからだ。

ところが、スナックはその正反対の世界に存在するものである。

スナックとは、その定義だけを説明すればカウンターを隔て客とスタッフとがお酒を片手に会話をする飲食店のことを指す。中にはまれにカラオケで客を盛り上げる“お家芸”を持つママの店があったり、マスターの趣味でとんでもない数の焼酎やウイスキーが並ぶ店もあったりするが、多くのスナックにはそこまでの強烈なユニークネスはなく、特別なサービスは存在しない。

そんなところに、現代人が本当に行きたいと思うのだろうか。レストランやバーのように、素人の手では味わえない料理や酒があるわけでもない。写真映えするインテリアもない。窓がないから、誰がやっているかも、どんな店かも、重い扉を開けるまでは分からない(それに、一度開けたら閉めづらい)。もちろんGoogleのレビューなんてほぼ存在しないに等しい。コスパ、タイパ主義の現代人にとって、相性は最悪だ。

しかしそんな時代だからこそ、不条理で、不毛で、不可解なスナックが必要だと私は思っている。

写真提供:ワタナベカズヒコ

「あなたはあなたでいい」と相手を認める、ママの“力”

あなたは、ネガティブ・ケイパビリティという言葉を聞いたことはあるだろうか。この言葉は、分からないことや解決の糸口が見えないことと対面した時、無理に答えを出そうとせず立ち止まる力、という意味を持つ。

余計な時間やコストをカットし、建設的な議論と即断即決を是とする昨今、「常に結果を出さないといけない」「自分の意見を持たないといけない」「賢く生きないといけない」という現代病を患う人も多いはずだ。そんな現代病に効くのが、まさしくこのネガティブ・ケイパビリティという考え方である。

ここからは私の持論なのだが、スナックは、このネガティブ・ケイパビリティを養うのにピッタリの場所だ。その理由は、スナックという空間をさばく、ママ(時にマスター)が持つ不思議な“力”にある。

先に述べた通り、スナックはママとカウンターを隔て、お酒片手に会話をする場所だが、ママは単に客の話し相手になっているだけではない。ほとんどのママは、会話をしながら知らぬ間に私たちの心を解きほぐし、このネガティブ・ケイパビリティを沸き立たせてくれるのだ。

その“力”を、もう少し私なりに解釈してみるとするなら、スナックのママに備わっているのは「相手を認める力」だと思う。言い換えるなら、受容力や共感力、包容力とも表現できるかもしれない。

家庭でも職場でもない第三の居場所(サードプレイス)的立ち位置のスナックでは、利害関係なく自分の話したいことを話すことができる。仕事の悩みを聞いてもらう時、ママはもちろんこちらの業界に詳しくないので、「こんな困った人がいてさ……」と物事をシンプルにしたり何かに例えたりしながら話をしていると、「うん、うん」と相づちを打ちながら「そうやっちゃ」「大変やったねぇ」と受け止めてくれる。そうして、こちらの心のげっぷを出させるように「それで?」「それって、こういうこと?」と、さらに会話を促してくれる。それはまるで、赤ちゃんの背中をトントンと優しくたたく、お母さんのようだ。

ママがなぜそれができるかというと、相手を裁かず、相手の話に耳を傾け、相手の思いや心を理解しようとする、「相手を認める力」があるからだろう。受容力と共感力、包容力を持ったその存在は、心理的安全性の象徴ともいえる。もっと簡単に表現するなら、とてつもなく心が広いのだ。

ママとの会話でクリティカルな解決策が出ることはない。けれど、店を出る時には話を聞いてもらえたという事実がこちらの心を軽くさせ、「無理に生き急ぐことはないんだ」と思わせてくれる。「そんな悩まなくても、生きてるだけで十分よ」と、優しく送り出してもらえたような気持ちになる。そんな時間が、人生における「無駄な時間」であるはずがない。私を含め、多くの人がスナックに通い続けるのは、ママの「相手を認める力」に触れたいからなのだと思う。

「時間どろぼう」に追われて心をすり減らさないように

ミヒャエル・エンデの『モモ』という児童文学作品の中に、「時間どろぼう」と呼ばれる灰色の男たちが登場する。彼らは人々に効率を求め、自由な時間を奪っていってしまう。誰しも、ついSNSをスクロールし続け、時間を溶かしてしまう経験をしたことがあるだろう。私もそういうふうに時間を溶かしてしまった時には「また『時間どろぼう』にやられた」と思ってしまう。次々に流れてくる有益な情報は興味深くはあるが、「時間どろぼう」に遭ったと気づいた時には、謎の虚無感に襲われるものだ。

スナックのママは、きっと「時間どろぼう」の灰色の男たちにとっては天敵だ。スナックで過ごす数時間は、一見まったく生産性がない時間だけれど、もっと大事なもの——例えば、無理に答えを出そうとせず立ち止まるためのネガティブ・ケイパビリティのような、私たちが今こそ大切にしなければいけないものを培わせてくれる、唯一無二の時間なのだ。

心を解きほぐしてくれる、不条理で、不毛で、不可解なスナック。日々の仕事に、人間関係に、暮らしに疲れてきたなら、どうかあなたもぜひ一度、その扉を開いてみてほしい。きっとあなたという存在を、ママは心から認めてくれるはずだ。

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