東大大学院在学中に広告配信プラットフォームを開発し事業が急成長を遂げると、今度は家庭用プロジェクターを開発。同製品が大ヒット後、さらに新会社を創業し「スマートバスマット」を商品化。大人気のパズルゲーム「スイカゲーム」の開発者としても知られる。 ソフトとハードの垣根を越え、新しいプロダクトを生み出し続ける発明家であり連続起業家、程涛氏の原動力とは。
程涛
issin 代表取締役CEO
2008年、東京大学大学院情報理工学系研究科創造情報学専攻の修士課程在学中に、研究成果のpopIn(ポップイン)インターフェースを元に、東大のベンチャー向け投資ファンドの支援を受けて、popInを創業。2015年に中国検索大手のBaiduと経営統合、2017年に世界初の照明一体型3in1プロジェクター popIn Aladdin(ポップイン アラジン)を開発し、異例のヒット商品となった。2021年issinを創業、スマートバスマットを商品化。2022年、popIn代表を退任。
popIn創業、Baiduによる買収後、家庭用プロジェクターを「社内起業」
東京大学の大学院在学中に会社を設立しました。iPhoneが発売されて間もない頃で、当時のiPhoneやiPod touchは、いまでは当たり前の、ブラウザ上で文字列を選択してコピーする機能がなかったので、コピーしてそのまま検索できるインターフェースを着想したのです。
在籍していた創造情報学専攻では、アイデアが認められると必要な資材を与えられ開発をサポートしてもらえるプログラムがあり、インターフェースを開発しました。最後にはシリコンバレーで、スタンフォードやUCバークレー、マイクロソフトといった大学や企業の方々へ発表する機会を得て、手応えを感じ、popIn創業に至りました。
当初開発したツールは収益化が難しく、3、4回のピボットを経て2014年、ネイティブ広告配信プラットフォームの「popIn Discovery」のローンチによって急成長し、翌年に中国のBaiduに会社を買収されました。
その後、今度はpopIn内で「popIn Aladdin」という家庭用プロジェクターを開発しました。新しく起業することも考えたのですが、承認を得られたので社内起業のかたちで取り組み始めました。スタートは最小限の資金で、メンバーは私ともう1人。社内でビジョンに共感してもらえそうな人に参加してもらいながらチーム化し、クラウドファンディングを実施。1億円近い金額を集め、反響があったので、本格的に進めました。
社内でpopIn Aladdinの構想を発表したときは、「なぜ広告の配信プラットフォームをつくっている会社がこんなものをつくるのか」といった反応でしたね(笑)。未知の領域で、工場を探すところから、販売チャネル、カスタマーサポートなど、ひとつひとつ考えてかたちにしていきました。
「あったらいいな」。起点は自分の思い。共感でメンバーを巻き込む
popIn DiscoveryとpopIn Aladdin、issinで開発した「スマートバスマット」も、すべて自分の「あったらいいな」という思いから開発が始まっています。いわゆるn=1が起点。自分がほしいものを追求することで、自分と同じような属性をもつユーザーがターゲットになるんです。自分起点で開発を始めると、自らの感覚にもとづいて決められますし、マーケティングなども展開しやすいですね。
私の場合、popIn Aladdinからは「家族を幸せにするため」という目的がプロダクト開発の大きな原動力になっています。同世代、30代や40代はファミリー層が多いので、その方々に共感してもらえるように調整しながら製品をリリースし、最初にユーザーになってくれた方々のフィードバックをもらい、より良い製品の開発につなげる。
ちなみにpopIn Aladdinのゲームとして開発した、落ちてくるフルーツを同じ種類のフルーツにぶつけて進化させハイスコアを目指す「スイカゲーム」も、当時4歳の娘でも大人に勝てる可能性があるゲームを考えて生まれたものです。
新規事業のチームづくりで大切なのは、共感です。「週1からでいいので手伝ってくれませんか?」と声をかけて、新しいプロジェクトで何を目指しているのか、どうおもしろいのかといったことを伝えます。そんな思いに共感して、徐々に関わってもらえるようになると、目に見えて貢献できるので、メンバー自身も楽しくなってくるんです。
スタートアップも新規事業もそうですが、絶対にリソースが足りることはありません。すべてが不足するなかで突き進むには、やりたいことに対する情熱、不完全な状況でも実現しようとする気持ちが非常に重要です。加わってくれたメンバーが共感してのめり込んでくれて、だんだんと共感の輪が広がれば、人も自然と集まってくると感じますね。
「家族の健康寿命を延ばす」がテーマ。新規事業は、とても楽しい
popIn Aladdin 2は2020年、日経トレンディの「2020年ヒット商品ベスト30」に選ばれ、2021年には年間販売台数が10万台超に到達。その年末に、私は社長退任の意向を会社へ伝えました。当時39歳、体力もあり経験も積んで、最後の起業ができるタイミングだと考えたのです。事業譲渡の手続きなどを経て、2022年8月にpopInの代表を退任。原点である東京大学アントレプレナープラザに戻り、新会社issinでの事業に注力しています。
ヘルスケア領域に決めたのは、「家族の健康寿命を延ばす」というテーマで、ライフワークのように取り組めると考えたからです。生活が大変ななかで日本へ送り出してくれた中国の両親と、日本に来てから結婚して、子どもを授かった自分の家族。それぞれへの思いが強いんです。
私の強みは、「体験」にこだわること。開発段階の製品を妻や子どもに試してもらい、家族からインサイトを得ることが多いですね。また、「どうしたら人が生き生きと活動できるか」というウェルビーイングの考え方も大切にしています。生き生きと物事に取り組むためには、エネルギーが必要。初期のアップル製品もそうですが、つくる側が情熱をもってサービスや製品にエネルギーを込めることで、ユーザーにエネルギーが伝播し、それぞれの生活が豊かになる。私も生み出す製品には魂を込めていきたいです。これからの時代は数字で性能差を示すよりも、人間本来の心理に訴える「情緒的価値」が必要です。
失敗も数多くしているのですが、振り返ると共通していたのが「思いがないこと」。機能が優れていたり、顧客の属性に親和性があったりしても失敗してしまうのは、自らの気持ちを込められず、ユーザーに伝わらないから。逆に思いさえあれば、人も集められますし、リソース不足でも工夫できます。自らの言葉がユーザーの皆さんにも響きますし、結果、事業の成功確率も高まります。
失敗して落ち込む必要はなく、むしろ新規事業に失敗はつきものと考えたほうがいい。新しい事業に取り組むのは、本当に楽しいこと。皆さんも思う存分、その楽しさを味わいましょう。
text by Tomoro Kato / photograph by Takuya Sogawa / edit by Aki Hayashi
Ambitions Vol.5
「ニッポンの新規事業」
ビジネスマガジンAmbitions vol.5は、一冊まるごと「新規事業」特集です。 イノベーターというと、起業家ばかり取り上げられてきました。 しかしこの10年ほどの間に、日本企業の中でもじわじわと、イノベーターが活躍する土壌ができてきていたのです。 巻頭では山口周氏をはじめ、ビジネスリーダー15組が登場。それぞれの経験や立場から、新規事業創出の要諦を語ります。 今回の主役は、企業内で新規事業を担う社内起業家(イントラプレナー)50人。企業内の知られざる新規事業や、その哲学を大特集します。 さらに「なぜ社内起業家は嫌われるのか?」など、新規事業をめぐる3つのトークを展開。 第二特集では、新規事業にまつわる5つの「問い」を紐解きます。 「企業内の新規事業からは、小粒なビジネスしか生まれないのか?」「日本企業からイノベーターが育たない。 人材・組織の課題は何か?」など、新規事業に関わる疑問を徹底解説します。 イノベーター必携の一冊。そろそろ新しいこと、してみませんか?