経済産業省の産学融合先導モデル拠点創出プログラム(J-NEXUS)に採択され、関西の産官学金が結集して大学発スタートアップ・エコシステムの形成を目指して活動する、関西イノベーションイニシアティブ(KSII)。 そして、「協業を科学」し、マッチングで終わらないオープンイノベーションの社会化を目指す、UNIDGE。 本連載では、両者が連携して世界へ羽ばたこうとするスタートアップ各社の革新的な取り組みを紹介していきます。 第2回に登場するのは京都大学発のスタートアップ、マリです。睡眠時に何度も呼吸が止まったり、浅くなったりする病気、睡眠時無呼吸症候群。高血圧や心臓病、糖尿病などの合併症を引き起こす危険性があります。それとは裏腹に、患者本人には自覚症状がないため、既存の治療方法が継続されにくいという問題があります。 レーダーによる独自のセンシング技術など、大学での研究成果を実装したプロダクトでその解決を目指す、マリ代表取締役CEOの瀧宏文さんに話を聞きました。
瀧 宏文
マリ代表取締役CEO
大阪生まれ。京都大学医学部医学科卒業後、医師免許取得。京都大学情報学研究科特定助教、東北大学医工学研究科特任教授を経て、2017年11月に株式会社マリを設立。2019年4月から京都大学COI拠点研究推進機構の非接触見守りセンサグループに参画し、睡眠時無呼吸症候群治療機器や非接触生体情報センサの製品開発を推進。非接触見守りセンサコンソーシアム代表。
患者の負担を減らしながら、睡眠時無呼吸症候群を治療する
──取り組んでいる事業について教えてください。
私たちは、睡眠時無呼吸症候群を治療する装置を開発しています。睡眠時無呼吸症候群は、睡眠中に呼吸が止まる状態が何度も繰り返される病気なのですが、睡眠中のいびきが大きくなること、熟睡できていないために日中に眠気に襲われること、その結果として作業効率が落ちることなどが症状として挙げられます。
この病気の大きな特徴は、寝ている最中に無呼吸状態となるので、患者本人による自覚が薄いことです。病気に気づかないまま時間が過ぎ、高血圧や心臓病、糖尿病など、重い合併症につながる危険性が高いのです。また、日中の強い眠気によって、患者が交通事故などを起こす恐れもあります。
睡眠時無呼吸症候群は現在、主に持続陽圧呼吸療法(CPAP、シーパップ)によって治療されています。これは患者が専用のマスクを着け、そこから空気を送り込むことで睡眠時の呼吸を可能にする治療法です。ただ、機器を装着しながら寝ることは患者にとって大きな負担となり、治療の継続が難しいという課題があります。
そこで私たちは、非接触なかたちで睡眠時無呼吸症候群を治療することを目指しています。具体的には、ミリ波レーダーを活用した独自技術で無呼吸状態を検知する装置と、低周波音による刺激で無呼吸状態を解消する装置の開発を進めています。
──創業の経緯についてお聞かせください。
私自身、京都大学医学部を卒業したのですが、医師の道へは進まずに情報学研究科で医療向け超音波のデジタル信号処理について研究していました。そこで研究開発した技術をもとに、医療機器を開発しようと考えたのです。7年ほど前にスタンフォード大学のバイオデザイン(医療機器を開発する人材を育成するプログラム)に参加した際、スリープクリニックで新しい医療ニーズを探すプロジェクトに取り組みました。
そのなかで、睡眠時無呼吸症候群の患者さん本人の無自覚症状と、それが深刻な病気につながる問題に着目し、治療のためのプロダクトをつくろうと思い至りました。
ニーズがあるところを目がけて技術を開発していくと、より広く患者さんに使ってもらえる医療機器を生み出せます。患者に非接触の機器で治療するというコンセプト自体、まったく新しいものでした。
大企業と手を組み、ニーズに即した製品開発を目指す
──これから先の事業の展開について、どのようにお考えでしょうか。
現在は、先行して無呼吸状態を検知する装置の展開を進めています。このプロダクトには、レーダーを活用した人体センシング技術を専門に研究している京都大学大学院工学研究科の阪本卓也教授との共同研究の成果が実装されています。
具体的には、ミリ波レーダーによって胸の動きを検知し、対象者の呼吸状態を判定する仕組みを活用。2019年頃に共同研究へ参画したのち、2年弱が経過した2021年2月にプロダクトのテスト販売を開始しました。
昨年、医療機器の製造業・製造販売業の認証を取得し、2025年には医療機器としての販売を開始できるように医薬品医療機器総合機構(PMDA)への承認手続きを進めています。販売先は病院をはじめとする医療機関で、睡眠時無呼吸症候群だと診断された患者さんへ、私たちのプロダクトを用いながら症状改善に向けた治療をしてもらう想定でいます。
一方、ミリ波レーダーによる検知装置を先に開発して展開しているのは、医療機器メーカーなどの大企業がこの装置に使用している技術に興味があるかどうか、ニーズを探る意味合いも大きいのです。
私たちの会社は研究開発を主としたエンジニアが大半で、営業メンバーがいません。大企業は、実際にユーザーとなる患者が抱えるニーズをよく知っているので、広くプロダクトを使ってもらえるよう、共同で製品開発に取り組んでいければと考えています。すでに声をかけてもらい、話が進み始めている企業もあります。
医療にとどまらず、コア技術を活用できる領域での協業を
──取り組みのスパンが長い事業かと感じますが、マネタイズの観点はどのように考えていらっしゃいますか。
先ほどお伝えした低周波音による無呼吸状態を解消する装置をはじめ、最終目標としている睡眠時無呼吸症候群の治療機器の販売は、開発から臨床研究、医療機器としての承認、保険適用の手続きと、そこへたどり着くまでに長い時間がかかると見ています。
そのための資金を確保するために、開発のなかで生まれた技術はどんどんライセンシングによってマネタイズしていきたいと考えています。ミリ波レーダーの検知装置の展開も、そのうちのひとつですね。治療機器については現在、京都大学で治験の探索的試験の段階に進んでおり、性能評価が行われているところです。
ミリ波レーダーのセンシング技術は、医療目的以外にも活用できると考えています。最近はビッグデータを解析する会社も多く現れていますが、集めるデータが良質なものでないと解析も機能しません。その点、医療にも活用できる精度の生体データを非接触で手軽に取得できることは、さまざまな領域の企業で応用可能性があると思っています。
例えば、レーダーによるセンシングでは、呼吸だけでなく心拍の様子も計測できるため、介護や保育といった業界で対象者の健康状態をモニタリングするのに使えるでしょう。ほかにも、心拍の変動を見ることで消費者の行動理解に活用したり、ペットや家畜といった動物の呼吸状態を検知して感染症への感染を早期に発見したりすることもできます。
どういった領域の企業がこの技術を使うかで活用の方法はまだまだ広がりますし、「技術を使いたい」という会社とは、ぜひ協業していきたいですね。
アメリカは巨大市場、世界の夫婦・パートナー関係改善に貢献
──マリの今後の展望を教えてください。
睡眠時無呼吸症候群は、世界のなかでもアメリカが巨大なマーケットで、日本の数倍の規模があります。そのため、アメリカ現地でも臨床研究を実施し、プロダクトの販売ルートを構築していく必要があると考えています。
睡眠時無呼吸症候群を治療する機器は海外の医療機器メーカーも手がけているのですが、完全に非接触で長期のモニタリングも可能な技術をもっているのは私たちだけです。そこは他社と比べて強みですし、この特徴を生かした製品開発を進めていけば、海外の患者の方々にも価値を十分に届けられるのではないでしょうか。
マリという会社名は“Marital Relationship Improvement”、夫婦関係の維持・改善という意味の英単語の頭の発音が由来になっています。将来、アメリカで事業を展開する際にも由来がわかりやすいだろうということで名付けられたのですが、睡眠時無呼吸症候群はそのいびきの大きさなどが原因で、夫婦間・パートナー間の関係悪化を招いてしまいます。
私たちのプロダクトが睡眠時無呼吸症候群の治療に貢献することで、そうした関係の改善に寄与できればと思っています。患者さんご自身、その家族も安心して生活できるような医療機器を、世の中に届けていきたいですね。
text by Tomoro Kato / photographs by Yuki Sato / edit by Kento Hasegawa