【大室正志×朝倉祐介】知識+体験価値の妙。音楽で深める「系譜学」

林亜季

産業医の大室正志氏と、アニマルスピリッツ代表パートナーの朝倉祐介氏。飲み仲間であり、ともに音楽好き。その会話は音楽を入り口に、ファッションやワイン、文学、ビジネス、政治、社会など、あらゆる方面に展開していく。 ジャンルを問わない教養は、どのように培われたのか。大室氏、朝倉氏が知の探求を始めるに至ったきっかけが「系譜学」との出会いだ。好きなアーティストを基点に音楽の歴史を深掘りしていくなかで、「系譜」を意識するようになったという。そんな二人が、行きつけの東京・南青山のワインバー「赤い部屋」でアナログレコードを聴きながら語り合った。二人の“音楽放談”には、真の教養人になるためのヒントが詰まっている。

朝倉祐介

アニマルスピリッツ 代表パートナー シニフィアン共同代表

競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東大在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て現職。セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。主な著書に『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)、『ファイナンス思考』(ダイヤモンド社)がある。

大室正志

大室産業医事務所代表

産業医科大学医学部医学科卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。社会医学系専門医・指導医。著書『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)。平成ノブシコブシ吉村崇氏と共にNewsPicksの番組『OFFRECO』出演中。

音楽は「系譜学」の入り口にもってこい

──今日はお二人に「音楽」について語っていただきます。

大室 嬉しいですね。さっそく語らせてもらいますが、まず音楽の楽しみ方って大きく分けて3つあると思います。1つ目はレコードやCD、今はサブスクですが、記録媒体で「聴く」。2つ目は、フェスやライブで「体験する」。3つ目は、自分で「演奏する」。それでいうと、僕の場合は「聴く」専門。「渋谷系」の頃から、レコード内で完結していました。

朝倉 楽器をやったことはないの?

大室 昔、ちょっとターンテーブルを触ったくらいだね。今も家にあるけど、Technicsのターンテーブル。完全に「聴き専」なわけですけど、そんな自分からすると音楽って読書に近いものだと思っていて。つまり、体験であり「知識」でもあるんじゃないかと。

音楽の知識とは、つまり「系譜学」ですよね。古くはクラシックの世界があり、そこにドビュッシーやエリック・サティがいて、そこから現代音楽へつながっていくという系譜。あるいは、エルヴィス・プレスリーやフィル・スペクターに影響を受け、クレージーキャッツや小林旭に憧れた大瀧詠一に山下達郎が影響を受けて。その山下達郎に憧れるアーティストが出てきて、といった具合にどんどんつながっていく。音楽に限らず、アートやファッション、文学、ワインなど、さまざまな分野にあるものだけど、体験と知識を同時に吸収できる音楽って系譜学の入り口としてとっつきやすいんですよね。僕自身、最初に系譜を意識するようになったきっかけは音楽だったし、この経験が結構、自分の考え方のベースになっています。朝倉さんは自分で演奏もする人だから、僕とはちょっと向き合い方が違うかもしれないけど。

朝倉 僕が「系譜」を意識したきっかけも、やっぱり音楽だったのかな。僕の場合はまず、中学の頃にTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTにドハマりするんですね。で、ミッシェルのチバユウスケって人は、自分の音楽のルーツや好きなレコードを、雑誌のインタビューなんかで発信するタイプだったんですよ。当時はちょうどインターネットの草創期で、いろんな個人サイトが立ち上がったなかにチバユウスケの発言をまとめたサイトがあった。それがとにかく面白くて、どんどんディグっていきました。

──朝倉さんのなかで音楽の系譜がどのようにつながっていったのですか?

朝倉 チバユウスケのルーツをたどると、彼はもともとドクター・フィールグッドなどパブ・ロックのバンドが好きだったり、王道のローリング・ストーンズからも影響を受けていたり。当然、その後のパンク・ロックにも精通していて。逆に、もっとさかのぼっていくとチャック・ベリーに行き着いたりする。

また、ミッシェルはガレージ・ロックやパンク・ロック、パブ・ロックなんかが軸にあるんだけど、今度はそこから枝分かれしていくものに興味が出てきて。たとえば、パンク・ロック後のポストパンクというムーブメントからニュー・オーダーが出てきたり、エレクトロニカみたいな方向性に派生したり。あるいは、シューゲイザーっていうエフェクトをガシガシかませまくるタイプの音楽が出てきたり。ミッシェルというバンドにハマったことで、音楽の興味の幅が広がり、そこからいろんなジャンルの音楽をディグる旅が始まった。すごく豊かな体験をさせてもらったなと思います。

「知」と引き換えに「衝撃」が失われるジレンマ

──朝倉さんが最もシンパシーを感じたのはどのジャンルですか?

朝倉 やっぱりパンクですね。ビートルズ以降にロックンロールの様式美が極まり、ある意味「高尚でとっつきにくいもの」になっていくなかで、それに対するアンチテーゼとして出てきたのがパンク・ロック。もう演奏は下手でもむちゃくちゃでもいいけど「とりあえず自分たちでやるんだ」っていうDIYの精神が核にある。それをベースに、セックス・ピストルズやザ・クラッシュのように反体制に寄ったバンドもあったり、ザ・ジャムみたいにどちらかというと愛国的なバンドもあったりと、そこでまた枝分かれしていくんだけど、いずれにせよDIYを軸に据えた生き方みたいな部分に感化されましたね。それで自分もバンドをやってみようと。

大室 そうだね。技巧に走ったロックがとっつきにくいものになっていくなかで、ベースもろくに弾けないようなシド・ヴィシャスが出てきて、それがめちゃくちゃカッコいいっていう。それって、すべてのジャンルに当てはまると思いません? 「すべてのジャンルはマニアが潰す」じゃないけど、どんなカルチャーもいったん様式化していくと、難しく高尚なものになっていく。でも、必ずそれを壊す存在が出てくる。音楽だけでなく、ファッションでもそうだし、それこそスタートアップもそうじゃないですか。

他にもたとえば、ディスコミュージックのように「身体能力が高い人たちのための音楽」に対するコンプレックスから、文化系のニューウェーブみたいな人たちが出てきたりね。日本でも小沢健二や小山田圭吾といった渋谷系がムーブメントになった後は、またディーヴァブームが来たり、LDHが出てきたり。

朝倉 1990年代の中頃って小室哲哉プロデュースのTKサウンド全盛だったじゃないですか。僕もすごく好きだったんですけど、そうした、プロデュースされすぎたものに対するカウンターとして90年代後半にGRAPEVINEのようなJ-ROCKが出てきたりして。そんなカウンターの掛け合いが、音楽の歴史をつくってきた。

大室 音楽って、そういう流れを見ていくのも面白いわけです。単にジャズが好き、ポップスが好きってだけでも全然いいんだけど、もっと系譜を意識してシーン全体を眺めてみると、より楽しめるんじゃないかと思います。音楽好きの人って、夜な夜なバーでそんな話ばっかりしてますから。

朝倉 ただ、系譜を突き詰めすぎると、目の前の音楽にフェアに向き合えなくなるというか、「単に文脈を消費しているだけなんじゃないか」という気がしてくる。基本的な鑑賞者としての態度を見失わないよう自制することも大事なのかなと。

大室 それって、現代アートの絵を見ているときの感覚にも近い。

朝倉 そうそう。知識が増えるにつれて目の前のものを見ていない、聴いていないっていう感覚が出てきて、そこに対しては忸怩たる思いがあるんですよ。それこそ、初めてTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTに出会ったときはドクター・フィールグッドも、ザ・フーも、ルースターズも知らなくて、だからこそ新鮮に聴けたし、とてつもない衝撃を受けた。なまじ知識がついてしまうと、予備知識を持たずに初めてのアーティストに接するのは難しいですよね。どうしても「ここから影響を受けてるんだな」っていう視点が入ってしまう。それは深みのある面白い行為ではあるけど、若干の寂しさを感じてしまう自分もいます。

大室 「なんじゃこりゃ!」みたいな衝撃は確かになくなる。僕もそのジレンマは感じているんだけど、それでもやっぱり系譜を学ぶ意義のほうが大きいと思っていて。音楽の歴史的文脈を深く知ると、音楽をフックにそのときの社会情勢だったりファッションだったりを語れるようになるんですよ。話題に事欠かなくなるだけでなく、人生を豊かにしてくれる教養が身につく気がしますね。

音楽の楽しみ方を大きく変えた、サブスク配信の功罪

──サブスク音楽配信サービス全盛の時代になって、音楽体験はどう変わりましたか?

大室 音楽をディグることが難しくなったのかなと。僕らが渋谷やアメ村(大阪アメリカ村)に通っていた頃はレコード屋でひたすら「探す行為」を楽しんでいたわけですけど、Spotifyってもはや無限。人って選択肢が無限にあると、もう自分ではディグらなくなる。サブスクは曲数が膨大すぎて、ヒューマンスケールを軽く超えてしまっているんですよね。中古レコード屋やタワレコにもたくさんレコードやCDはあるけど、せいぜい「でかい図書館」くらいのスケールです。それが今や「無限の図書館」みたいな世界ですから。

朝倉 功罪あるよね。それでも僕らからしたらSpotifyやYouTubeって夢のような世界。聴くものがたくさんあって、若い頃から豊かな音楽体験ができるって、やっぱり幸せなことだから。実際、今の若いラッパーとかのスキルって、本当にめちゃくちゃスゴいじゃないですか。

大室 一方で「コンプリート欲」を満たせず、つまらなくなったと感じている人もいるかもしれない。昔の知識人みたいな層は「この図書館にある本はすべて読破してやろう」くらいの気概で生きていたわけですよ。今のこの無限図書館の時代に、それをやるのは絶対に無理じゃないですか。それでも、せめてものコンプリート欲を満たしたいなら「タコツボ化」するしかない。「東京の塩ラーメンだけは制覇する」みたいに、ジャンルを絞って突き詰めていくっていう。

朝倉 まあ、そもそも何と戦っているのかって話だけどね。

大室 地域による文化の格差はなくなりましたよね。僕ら世代の90年代サブカル層は、やっぱりどこか東京に憧れを抱いているわけです。当時は音楽もファッションも、あらゆる情報が東京、特に渋谷に集まっていたから。渋谷にいればいろいろな最新情報が入ってくるし、クラブやライブハウスで生の音に接することもできた。今は情報における東京の優位性って、ほぼなくなりましたよね。

朝倉 それって音楽に限らない話で。たとえばスタートアップ界隈でも、今は東京にいようが地方にいようが、インターネットでアメリカのスタートアップの情報をすぐ手に入れられる。ただ、それでも、やっぱり東京やシリコンバレーで起業したいって人は多いんですよね。その理由のひとつは、スタートアップの集積地には良質な生の情報があって、感度の高い人が質の高い情報を一定のクラスター内で交換しているから。

大室 確かに、それはあるね。

朝倉 今はどこからでも無数の情報にアクセスできるからこそキュレーターやエディターが求められているし、なかでも有能な人たちほど、特定地域でクラスターを形成しているんじゃないですかね。そういう意味での格差は、まだまだ残っているのかもしれない。

まずは「好き」になることから始まる

──ビジネスの世界でもこれまでにない価値を創造するハードルが高くなっています。いわゆる「新結合」を生み出すカギは、ビジネスとは全く関係のない引き出しに入っているのかもしれません。音楽もそうですし、教養を深めておくことって重要ですよね。

大室 そうだと思いますよ。ただ、そこで大事なのは「オタク」ではなく「教養人」になるってことなのかなと。たとえば、ブルーノートとかに行くと、ジャズの知識だけに特化した人がいたりします。マイルス・デイヴィスだけに詳しいとかね。ワインでも、ひたすらブルゴーニュワインだけに精通しているみたいなケースも。狭い範囲だけを掘る人がオタクだとすると、教養人は特定の分野に深い造詣がありつつ、そこからさまざまな知識が縦横無碍につながっていく。ブルゴーニュワインの年号を覚えているだけじゃなく、どんな文化圏のどういったシチュエーションで飲まれていて、そこにはこんな音楽が流れていて……といった具合に、バラバラの知識が有機的に結合していくんです。それこそが教養だし、ひとつの切り口から情報のリンクを張り巡らせることが大事なんじゃないかな。

朝倉 ひとつ言いたいのは「ビジネスのために」と位置づけるのは、どうなのかなって。たとえば、「ビジネスに効く音楽」みたいな切り口ってよくあるし、これもそういうタイプの記事なのかもしれないけど、ビジネスが先に立つと途端に冷めるし、つまらなくなります。

大室 本当にその通り。「ビジネスに役立つワイン」とか「ビジネスに役立つゴルフ」とか。そのもの自体を楽しむ前に、そういうパッケージングをされちゃうと途端にチープになる。そんな引きを作らないとビジネスパーソンになかなか振り向いてもらえないっていう、マーケティング的な都合もわかるんだけどね赤い部屋。

朝倉 音楽でも何でも、まずはそれ自体が楽しいっていう気持ちが根底にあって、興味の赴くままに知識を深めていった結果、ビジネスにつながるっていう順番であってほしい。実際、めちゃくちゃつながりますしね。

大室 好きすぎるがゆえに、無理やりにでもつなげたくなるっていうのもあるよね。以前、朝倉さんと「メンバーシップ型組織とジョブ型組織のあり方」をバンドに当てはめて考察したことがあったじゃない。あれ、楽しかった。

朝倉 やった、やった。楽しかったね。(参考:朝倉祐介note「BUMP OF CHIKENに見るメンバーシップ型組織とジョブ型組織のあり方」)

──あの考察、すごく興味深かったです。確かに、根底に音楽への愛がないと、あそこまで語れない。

朝倉 とにかく、まずは好きになること。そこから掘って掘って教養人になって、初めてアナロジーを用いた思考や表現ができるようになるんじゃないでしょうか。

大室 好きになればおのずと、ものの見方も変わると思います。昔、ナンシー関がコラムでこんなことを書いていました。「テレビをぼーっと見ているとバカになるって言う評論家がいるけど、考えながら見てればバカにならないんだよ」って。全くその通りだなと思っていて。テレビに限らず、何にしたって、そこにあるさまざまな意図を読み解くことが大事ですよね。

好きだったら勝手に読み解こうとするし、そこから色々な文脈がつながり、「系譜」を意識し始める。他の分野でも同じように系譜を意識するようになり、それらの深い知識が有機的につながることで教養になっていく。こんな感じのまとめでどうでしょう(笑)。


「赤い部屋」選盤、癒しの3枚

『Nocturne』(ノクターン) 

Charlie Haden(チャーリー・ヘイデン) 

就寝前に心穏やかに聴いて欲しい一枚。

『To The Little Radio』(トゥー・ザ・リトル・ラジオ)

Helge Lien Trio(ヘルゲ・リエン・トリオ)

ノルウェーのピアノトリオによる作品。

休日の朝、少し早起きした日のお供に。

『Lean In』(リーン・イン)

Gretchen Parlato(グレッチェン・パーラト)

ドライブのBGMとして。

赤い部屋

東京・南青山のワインバー。赤の特徴的な内装に70年代、80年代、90年代ほか国内外のレコードを揃え、ナチュラルワインと音楽好きが集まる。こだわりのお好み焼き、無農薬・減農薬野菜を使ったヘルシーなメニューも人気。平日19時〜営業。

text by Noriyuki Enami(yajirobe)/ photographs by Takuya Sogawa / interview & edit by Aki Hayashi

Ambitions Vol.4

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