【映画監督・江口カン】日本発のコンテンツが、世界で戦うために必要な「逆説的視点」

Ambitions FUKUOKA編集部

「ガラパゴス化」が叫ばれてきた、日本のエンターテインメント業界。特に映像分野においては、隣国・韓国の作品が世界を席巻するなか、模索が続いていた。 その流れを変えたのが、2023年5月にNetflixで全世界公開された『サンクチュアリ -聖域-』だ。日本の伝統競技である「相撲」を題材にした全8話のオリジナルドラマは、Netflix週間グローバルTOP10(非英語シリーズ)で6位にランクインと大躍進。以降、多くの日本作品が世界に進出している。 日本発のコンテンツが世界に評価された理由は何か。同作で監督を務めた江口カン氏をはじめ、日本と台湾のエンターテインメント業界の識者がその理由を探った。 2023年12月16日に開催された“異種交創”のイベント、「明星和楽2023 in台湾」のキーセッションの模様をレポートとしてお届けする。

登壇者

  • 江口カン 映画監督/KOO-KI 取締役会長
  • 埴渕修世 カプセルジャパン株式会社 CEO
  • 中山淳雄 エンタメ社会学者

モデレーター

  • 大瀬良亮 株式会社 遊行 代表取締役CEO

相撲界の白い巨塔”を目指したオリジナル作品。その制作秘話に迫る

日本の伝統的な相撲業界を描き、世界的なヒットを記録した『サンクチュアリ』。誕生の経緯を江口監督は振り返る。

江口 きっかけは、僕が2017年に撮った競輪を題材にした映画『ガチ星』です。その作品は「原作なし」「有名俳優なし」「(競輪という競技に一般的な)知名度なし」という、3つの“ない”が揃い、どの会社もつくりたがらないものでした。結果、興行的にはさほど盛り上がらなかったのですが、それを観たNetflixのプロデューサーが声をかけてきたんです。

関係者が揃う初回の打ち合わせで出てきたアイデアが「相撲界の白い巨塔」。その日、その時間に、企画の大枠が決まったという。

江口 まず、「相撲」という日本独自の“つかみ”がいい。そこがしっかりしていれば、監督のすべきことは、企画をひたすら研ぎ澄ませることです。変な部分を切り取ったり、おちゃらけたりしない。その業界の中の人が見ても通用するものにすること。そこを強く意識しました。

左から大瀬良氏、江口氏、埴渕氏、中山氏

協会の協力なし、有名俳優の起用なし。独自路線を突き進んだ理由

専門的な業界を作品として描く場合、その世界の権威や協会の協力を仰ぐことが考えられる。しかし『サンクチュアリ』は、日本相撲協会によるバックアップは受けていない。理由は何だろう。

江口 もちろん、当初は(日本相撲協会との連携を)検討しましたよ。しかし本作には、八百長や裏社会といった、業界のタブーに踏み込んだシーンも多くあります。協力を得て正式にやろうとした結果、忖度して作品のエッジを丸めるくらいであれば、いっそのこと自分たちだけでつくろうと決めました。

キャスティングにおいても、主演の一ノ瀬ワタル氏をはじめ、物語の中心である力士役に、有名俳優の名はない。ここも、「ヒットには有名俳優が必要」という、日本の映像作品の傾向とは異なる。

江口 こちらも同様、当初は著名な俳優の方の起用も検討しました。しかし、そういった方に「これから体重を数十キロ増やしてください」とオファーしても相手にされません。あるタイミングで「無名なメンバーで、作品をしっかりつくり込もう」と決めました。

もし著名俳優を起用できたとしても、中途半端な体つきの仕上がりにしかなっていなかったかもしれません。無名俳優を起用したからこそ、むしろ作品として丸くならずにつくることができたと感じています。

「わかりやすさ」の落とし穴

近年、韓国の勢いに押されていた日本の映像コンテンツだったが、『今際の国のアリス』(2020年)や今回の『サンクチュアリ』を経て、世界から注目を集める作品が続々と生まれている。日本のコンテンツを世界に発信する上で、江口監督は「わかりにくさ」が重要なポイントだと考える。

江口 僕は今回、「説明しすぎない」ことを大切にしました。例えば相撲の世界では、入門すると階級が序ノ口、序二段、三段目…と続くのですが、作中では特に説明していません。「わからないから説明した方がいい」という意見もたくさんありましたが、あえてしませんでした。

今の時代、気になったことは、すぐに調べることができますよね。事細かく説明することに力を入れるのではなく、情報がなくても物語にスッと入っていけるか、という点に注力しました。

セッションの中で話題に上がったのは、作中で主人公が父親から餞別として「5000円」を渡されたエピソード。なぜ1万円ではなく5000円なのか、この金額のニュアンスが海外の視聴者に伝わるのかどうかという点だ。

江口 もちろん、議論はありました。それでも僕は、ストーリーと登場人物の表情を見てもらうと、このお金の価値が世間的にどのぐらいのもので、当事者にとってどのような意味をもつことなのかが伝わると思っています。

「伝わりますか?」「説明した方がいいんじゃないですか?」と、本当によく言われましたよ。ただ、物語が伝わる共通言語とは、「言語じゃなくても伝わること」ではないかと。観る人に「考える余白」を残すことが、監督としてのプレゼントだと思っています。

制作当初から世界を意識し、わかりやすさよりも物語や演技で真っ向勝負した『サンクチュアリ』。グローバルのランキングで6位という偉業を達成したが、それでも江口監督は「悔しい、もっと上位に食い込んでほしかった」と本音を漏らした。

コンテンツが国境を超える鍵は「ローカライズ」から「ストーリー」へ

セッションの中盤、日本と台湾に拠点をもち、YouTuberをはじめとするクリエイターのプロデュースを手がけるカプセルジャパンの埴渕氏が、YouTube業界の現状と、コンテンツの海外展開のポイントを述べた。

埴渕 昨今、YouTuberが収益を得ることが難しくなってきているという話を聞きます。その理由は、活動を始めるための参入障壁が低い分、視聴者数の増加率以上にYouTuber全体のボリュームが増えているためだと考えています。一方、私たちの会社に所属しているYouTuberでも、専門領域に強みのある人は数値が伸び続けています。

私たちの事業はクリエイターの支援であり、台湾で培ったノウハウこそが価値を提供できるものだと考えています。例えば現在、クリエイターとコラボレーションしたカフェを台湾で4店舗展開していますが、グローバルに展開すれば事業もさらに拡大します。

現在は台湾以外のアジア圏での展開を模索しています。そのなかで成功していると感じるのは、よりディープなローカライズ、さらに言うと、ただ形式的な翻訳をするのではなく、その土地の文化を踏まえた上で、どう魅力を伝えていくかという点です。各国で地道に、しかしガンガンやっていこうと思っていますし、日本の作品ももっと海外に発信していきたいです。

エンタメ社会学者の中山氏は、日本が世界に進出する上で、アジアとの連携の重要性を語った。

中山 事業をグローバルで展開することを考えると、距離も文化も近いアジアとの共創はメリットが大きいと考えます。これまで20カ国ほどの人々と仕事をしてきたのですが、あまりに文化が異なる方々と仕事をするのは、難しい点があるものです。

また時差の問題はとても大切で、同僚や協業先とコミュニケーションを図る際、こっちが昼で、あっちが夜中だと、どうしても感覚のずれが生まれてしまいます。時差の少ないアジアとの連携に、日本はしっかりと取り組むべきではないでしょうか。

「均一化」する日本の映像業界への警鐘

最後に、日本が世界に挑戦するコンテンツをつくっていくための可能性や課題について語り、セッションは締め括られた。

江口 そもそもの話ですが、僕はコンテンツという言葉があまり好きではなくて。映像、小説、漫画、YouTube……いろいろありますよね。それらをまとめてしまう言葉だと思っています。

多様性が叫ばれる時代ですが、チャンネルが増える一方で、中身は均一化していっていると感じることもあります。日本の映像業界でいうと、ある時ホラー作品がヒットしたら、同ジャンルの作品がいくつもでてくる。また、「漫画や小説が原作の作品でなければ当たらない」有名な俳優さんが出ていなければヒットしない」などの定石は、今もよく言われています。

しかしそれは、日本だけの均一化した考えであり、そもそも日本のことを知らない海外の人には通用しません。近年の韓国映画は逆ですよね。均一化したものではなく、「誰も見たことのないものをつくろう」という気概があります。

日本の映像作品もこれまでの価値観からどのように脱却していくかが大事ですし、僕はそれに挑戦していきたいです。

Ambitions FUKUOKA編集部は、「明星和楽2023 in台湾」に登壇した高島宗一郎 福岡市長に単独インタビューを実施。記事は2月9日(金)公開予定です。

photographs by Satoshi Kondo / text & by edit Keita Okubo

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