2011年、自身が生まれ育った福岡でグルーヴノーツ(旧クリップエンターテイメント)を創業した佐々木久美子氏。福岡発スタートアップの中でも先輩格であり、業種問わず多くの財界人・起業家から一目置かれる存在だ。意外にも「社長にだけはなりたくなかった」と語る彼女に、それでも起業を決断した背景や思い、リーダーとして大切にしていることを聞いた。 ※本記事は『Ambitions FUKUOKA Vol.1』(2023年11月14日)の転載です
佐々木久美子
株式会社グルーヴノーツ 取締役会長
福岡県生まれ。小学5年生のときにプログラミングに出合い、プログラマー、システムエンジニア、会社役員を経て、2011年に株式会社グルーヴノーツを設立し、2012年に代表取締役会長、2023年に現職。2016年4月、テクノロジーと遊ぶアフタースクールとして「TECH PARK」を福岡・天神に開校。TECH PARK担当役員を務める。日々進化を続け社会で活用されるAIなど最新テクノロジーを、子どものうちから正しく理解して好奇心をもって学べる教育プログラムの開発に取り組み、テクノロジー教育の普及に努める。2児の母。
テクノロジーとは真逆の「原始的」な私生活
量子コンピューターやAIを活用できる企業向けクラウドプラットフォーム「MAGELLAN BLOCKS」や、最先端のテクノロジー教育施設「TECH PARK」などの事業を手掛ける株式会社グルーヴノーツ。創業者である佐々木氏は小学5年生でプログラミングに出会い、システムエンジニアなどを経て起業したゴリゴリのIT技術者。効率化や合理化の塊のような人物なのかと思いきや、私生活では「半自給自足」の暮らしを好む意外な一面もある。
「釣りと野営とベランダ菜園が趣味で、都会の片隅でできる“半自給自足生活”を心がけています。自分や家族が口にする魚は自分で釣ってさばきたいんです。もう10年くらい、スーパーで魚は買ってないですね」
グルーヴノーツは、「豊かで人間らしい社会の実現に貢献する」ことをビジョンに掲げ、社会や人の未来の可能性や豊かさを広げるためのテクノロジー活用を支援している。そんなテクノロジーを駆使する企業の代表が、あえて自給自足という「不便さ」を享受するのはなぜなのか。
「今は一人ひとりに最適化されたサービスがあふれていて、本当に便利な世の中になりました。でも不便さを知らなければ、何が本当に便利で豊かなのかすら分からなくなってしまいます。だから仕事でも生活でも、まずは自分の手を使ってやってみることを大事にしています。その上で、不便だと感じた部分をコンピュータで自動化し、他にやりたいことに時間を使う。これは私がサービスをつくる際の考え方ですね」
社会を変えるよりも身近な人を幸せにしたい
佐々木氏にとっては、子育てしながら福岡で働く上で、選択肢が起業しかなかったからだという。また、周囲に起業を勧められたことも後押しになった。
「私が起業したときは、“世の中を変えよう”などという使命感があったわけではなくって。世界一の企業にならなければいけないとも思っていない。笹舟のように流されて生きていたら、いつの間にか起業していました(笑)。ただ、自分が得意なことで困っている人の力になりたいという思いは強く持っています」
万人受けすることよりも、周囲にいる人たちを助けたい。だからサービスをつくるときも、マクロではなくミクロの視点でものを考えるという。
「どんなサービスがあれば、自分や自分の身の回りにいる人たちを幸せにできるのか。MAGELLAN BLOCKSはそうしたミクロの視点の発想からスタートしました。本社にあるTECH PARKのスクールだって、ワーキングマザーの私が欲しいと思った子育て環境を形にしたものです。サービスに価値を感じ、共感してくれる人の役に立てればそれでいいと思っています」
謙虚な言葉とは裏腹に、福岡におけるグルーヴノーツの存在感は高まり続けている。JR九州や九州電力といった地元の大手企業との協業のほか、国や地方自治体のプロジェクトにも多数参画。スタートアップ都市として起業家の注目を集める福岡において、その先駆けである佐々木氏は若手起業家からすれば憧れの対象でもある。
「そうなんですか?初めて聞きました(大笑)。謙遜でも何でもなく、私は周囲の人たちに助けられて、なんとかやれているだけなんです。その自覚があるから、社員は必ず私より優秀だと思う人を採用しています。私の至らない部分、できないことを補完してくれる人に助けてもらうという感じですね。ちなみにこの取材、福岡のリーダーを紹介する特集なんですよね?私で本当に大丈夫ですか?(笑)」
それでも、部下を持つ立場として心がけていることはある。その一つが、失敗に対して「寛容」であること。
「人に任せるというのは、失敗を許容することだと考えています。これを教えてくれたのは二人の子どもたちです。子育てをしていると、もどかしさを覚えたり、危なっかしいと感じたりすることの連続です。大人から見ると、子どもが何かをやろうとしているのを見て『失敗しそうだな』って簡単に予測できるもの。ついやめさせたり、口出ししたくなったりしますが、ぐっと耐える。失敗することも大切な経験。本人に任せる寛容さを持つことが大事だと思うんです。
それは社員たちに対しても同じです。『失敗するのでは?』とハラハラすることもありますが、フォローができる限界ギリギリのところまでは見守る。言わない勇気っていうんですかね。リーダーがそれくらいの気持ちで構えていれば、社員も“勇気には勇気で”応えてくれると信じていますから」
成長を追い求めず「継続」を大切に
福岡市の「スタートアップ都市宣言」から10年。多くのベンチャーキャピタルが誕生し、莫大な資金がスタートアップに投じられてきた。その取り組みは一定の成果を上げつつあるが、佐々木氏は起業が単なるマネーゲームになってしまうことに警鐘を鳴らす。
「資金を得て、ひとつふたつサービスをつくり、売却して一獲千金。そんな目的で起業するのは正直どうかと思います。最近は若い人から起業のアドバイスを求められる機会も増えてきましたが、そうした考え方で相談に来られても、お答えできることは何もないですね。そもそも、自分のことを“起業家”だなんて思ったことすらないんですよ」
一獲千金はもとより、会社を必要以上に拡大させることにも固執していない。ただただ、今のサービスをいかに長く継続していくかに心血を注いでいる。
「起業するのは簡単ですが、続けることは本当に難しい。それでも多くの人がグルーヴノーツのサービスに関わってくれているなかで、途中で投げ出すという選択肢はあり得ません。ですから成長というよりも、何十年、何百年と続けていくことのほうが重要だと考えています。常に成長を求める世界には限界があり、最終的には巨大に膨れ上がった企業同士による潰し合いが待っています。これからの起業や経営で大事なのは、持続可能であるかどうか。私はそのポリシーを失わずにいたいです」
Fukuoka's Future Forecast 福岡の未来予想
福岡エリアのDXの実装
私の願望でもあるのですが、現金払いが早くなくなってほしいんです。タクシーなんかいまだに現金だけということが、まだ結構あります。福岡でもDXが進んでいるのは都心部の一部だけ。デジタルによる便利さが、早く地域に広がってほしいです。
text by Noriyuki Enami / photograph by Shogo Higashino / edit by Keita Okubo
Ambitions FUKUOKA Vol.2
「Scrap & Build 福岡未来会議」
100年に一度といわれる大規模開発で、大きな変革期を迎えている、ビジネス都市・福岡。次の時代を切り拓くイノベーターらへのインタビューを軸に、福岡経済の今と、変革のためのヒントを探ります。 また、宇宙ビジネスや環境ビジネスで世界から注目を集める北九州の最新動向。TSMCで沸く熊本をマクロから捉える、半導体狂想曲の本質。長崎でジャパネットグループが手がける「長崎スタジアムシティ」の全貌。福岡のカルチャーの潮流と、アジアアートとの深い関係。など、全128ページで福岡・九州のビジネスの可能性をお届けします。