【TOTO清田徳明社長】トイレ界の巨人が今なお成長を続ける、経営の神髄

大久保敬太

日本経済復活の鍵は、どこにあるのか。逆境のなか、日本の大企業の一部の経営層は、「優れた企業=エクセレント・カンパニーの本質とは何か?」という問いに向き合い続けてきた。 2017年に創業100年を迎え、今なお成長を続ける北九州のグローバルカンパニー・TOTO株式会社。「洋式トイレ」という文化を日本で育み、「ウォシュレット」という巨大な市場をゼロから創り出し、海外を攻める、生粋のイノベーター企業だ。さらに今、半導体需要を捉えた新事業が柱になりつつある。 野心的な大企業の経営を詳らかにする特別企画「エクセレント・カンパニーの研究」。 TOTO17代目社長である清田徳明氏に、Ambitionsのトップ・麻生要一が経営の本質を聞く。

清田徳明

TOTO株式会社 代表取締役 社長執行役員

1961年、福岡県北九州市出身。1984年、長崎大学経済学部卒業、TOTO入社。ウォシュレット企画部長、国際事業統括部長、衛陶生産本部長などを歴任。2010年執行役員、2012年取締役 常務執行役員、2014年取締役 専務執行役員を経て、2016年に代表取締役 副社長執行役員へ就任。2020年4月より現職。

麻生要一

株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO 株式会社Ambitions 代表取締役社長

株式会社リクルート入社後、ファウンダー兼社長としてIT事業子会社を立ち上げ、事業拡大。リクルートのインキュベーション部門を統括し、社内事業開発プログラムやスタートアップ企業支援プログラムを立ち上げ、約1500の社内プロジェクトおよび約300社のスタートアップ企業のインキュベーションを支援。2018年に企業内インキュベーションを手がける株式会社アルファドライブを創業。著書に『新規事業の実践論』。

パンデミックと同時の社長就任。安全と利益の二兎を追う舵取り

麻生 インタビューにあたり、御社の業績や最近のニュースなどを拝読しました。率直な印象は「すさまじい経営をされている」です。本業の衛生陶器(大便器・小便器など)は、国内・海外それぞれで順調に伸びている。かつ、新領域としてのセラミック事業が第三の柱として成長している。本日は、全方位的に盤石な成長戦略を描いている秘訣や内側について伺わせていただきます。まず、清田社長がご就任された2020年4月は、コロナ禍によるパンデミックと重なります。これまでの経営を振り返られての、所感をお教えください。

清田氏 まさに、就任は緊急事態宣言のタイミングでしたね。経営者としてまず考えたことは、海外を含め約3万5000人のグループ員と、その家族を合わせた10万人ほどの関係者を、いかに守るか。安全面はもちろん、会社として路頭に迷わせるようなことにはせず、パンデミック後によりいい経営状態に持っていくか、でした。急に学校が閉鎖になったときにグループ員が休みやすくする新しい制度をつくるなど、いかに健康健全な状態で皆に乗り切ってもらうかに取り組みました。

また、日本や中国ではマスクが足りていなかったときに、ヨーロッパやインドのメンバーが世界中でマスクがどこにあるかを探し、足りない地域に送ってくれるという自発的な動きもありました。コロナが集中発生するタイミングが国によって違ったため、エリアごとに状況やできることが刻一刻と変わります。現場の状況を聞き、トップダウンで指示するだけではなく、自主的に助け合うことができたと思います。これは、当社のチームの強みでもあると考えています。グループ員の皆が健康な状態で残ってくれれば、業績は回復できると信じ、目の前のことに割り切って対応していきました。

麻生 ビジネスの点ではいかがでしょう。

清田氏 コロナ禍は、当然起こってほしくない出来事ではありますが、ビジネスの視点だけでいえば追い風もありました。当社はトイレをはじめ衛生に関わる商品を展開していますが、コロナ禍で衛生の重要性にスポットライトが当たったのです。特に、トイレの便座の自動開閉機能や、自動水栓などの需要が高まりました。もともとは、高齢者をはじめとする利用者の負担軽減や、節水を目的に開発を行ってきたものではありますが、改めてその価値が世の中に伝わったと思います。また、ステイホームの機運が高まったことで、トイレのリフォーム需要も増加しました。

しかし、高まる需要に対して供給が難しい状況が続きました。特にコロナ禍2年目あたりからは、サプライチェーンがどんどん分断されていったのです。私自身40年ほど社歴がありますが、これほど調達が困難だったのは初めてのことでした。お客様にはずいぶんご迷惑をおかけしましたが、これも各部門のメンバーが、納期の調整や代替の措置を考えるなど、解決に取り組んでくれました。

麻生 結果、売り上げはコロナ禍を挟んでも増加。コロナ禍を無事に乗り越えることができた。

清田氏 はい。社員の自主的な動きが大きかったですし、当社の強さを再認識できました。当社には、初代社長から2代目社長に送られた先人の言葉があります。「どうしても親切が第一、良品の供給、需要家の満足が掴むべき実体で、その実体を握り得れば、結果として報酬という影が映る」という考え方です。この精神は代々の社長に受け継がれ、社是やグループの企業理念にも通底するものです。これが、グループの約3万5000人が腹落ちしていることで、緊急下でも各現場で最善の対応をしてくれたと考えています。

麻生 統合報告書では最初に理念体系が記されており、「親切」の文字があります。この言葉を事業の中心に置くことはとてもユニークだと感じていたのですが、今のお話を伺い、納得しました。

衛生陶器の会社として誕生。花開くのに数十年かかった

麻生 御社は1904年に設立された日本陶器合名会社(現ノリタケ)から、衛生陶器部門を分離して1917年に誕生したと伺っています。「衛生陶器」というものが日本になかったところから市場を創出されてきました。私たちAlphaDriveグループは新規事業開発の会社で、よくマーケットインで事業を考えますが……御社はニーズがあるわけではないところに信念を持って突っ込んでいき、需要ごと創り出すことを実現している。なぜ、そんなことができるのでしょうか。

清田氏 当社の歴史は、創業者である大倉和親がヨーロッパへ視察に行った際、極めて衛生的で安心できるトイレと出合ったことから始まります。日本はまだ木製便器の時代。健康で文化的な生活を日本の人々に提供したいという思いからスタートしました。しかし、まだ全国に下水道が通っておらず、衛生陶器という概念もないため、当然ビジネスが成り立ちません。そこで、兄弟関係にあるノリタケさんが取り組んでいた食器事業をやらせていただき、そこで得たお金を衛生陶器の開発に回す、ということを行ってきました。

麻生 衛生陶器をやりたくて創業して、もうからないからまずは食器を。

清田氏 もともと、私たちの誕生した森村グループ(※1)は一業一社というルールでしたので、ノリタケさんと事業が重なってはよくない。あくまで衛生陶器なのですが、状況としてしかたなく食器をやらせていただいた、という格好です。衛生陶器のマーケットをつくるには、まず、下水道というインフラが整備されなければいけません。さらに日本はしゃがんで用を足す文化でしたので、腰掛けの文化に変わるには、相当の年月を要しました。数十年地道な経営を続けて、(戦後の復興需要などを経て)ようやく衛生陶器が花開いたというわけです。

※1 森村グループ:日本の陶磁器産業を代表する企業集団。グループ企業は、ノリタケ株式会社、TOTO株式会社、日本ガイシ株式会社、日本特殊陶業株式会社、森村商事株式会社、株式会社大倉陶園

トイレの発明・ウォシュレット。10年かけて日本のスタンダードへ

麻生 衛生陶器の市場を創られた後、今や日本のスタンダードとなった「ウォシュレット」を開発されました。こちらの事業についてもお教えください。

清田氏 ウォシュレットのアイデアそのものは、実はアメリカの医療器具なんですよ。1960年代頃にウォッシュエアシートという病院向けの器具があり、商社を通じて輸入・販売していました。それをヒントに、民生品としての開発をスタート。1980年に自製化した商品を発売しました。

麻生 よくぞ、医療器具を自製化にしようと思いましたね。

清田氏 実は、私はウォシュレットとの関わりが特に深く、社内でウォシュレットの部門ができたときの1期生でした。当社には、我々自身が生活者として、どうすればより快適でより安全でより衛生的なのかということに向き合う文化があります。こんなことがあったらいいな、あんなことがあったらいいなという目を持っていて、それに対してみんなでワイガヤをやり、技術を磨き、世の中に商品を送り出す。ウォシュレットもそんな発想から生まれました。まだ世の中のニーズはなくても、快適で安全だという思いで立ち上がったのです。

麻生 トイレットペーパーでお尻を拭くのではなく、お湯で流すほうがいいという信念があった、と。

清田氏 はい、絶対にウォシュレットのほうがいいと確信していました。しかし衛生陶器同様、世の中に受け入れられるまでには10年あまりかかりました。80年代に「おしりだって、洗ってほしい。」というコピーのCMを流して認知を上げて、90年代にかけてようやく普及曲線が立ち上がりました。もちろんすべての事業を続けているわけではなく、給湯機事業など撤退したものもあります。それでも相応に長く投資しているといえますし、辛抱強い会社だと感じています。

単体での収益だけでなく、ポートフォリオ全体への影響を見る

麻生 ウォシュレットが成長するまでの10年ほど、その事業単体は赤字だったと予想します。どのようにして、企業の中で赤字事業を継続させていったのでしょうか。

清田氏 ウォシュレットは、私が入社したときは「シート事業部」で行う事業のひとつでした。陶器の便器の上に置くプラスチックの便座に関する商品を開発しており、主に暖房便座で利益を得ていました。暖房便座の利益を、新しいウォシュレットに使っていたのです。

麻生 なるほど、収益のある部門の中で事業をしていたので、単独での赤字が隠されていたと。食器で稼いで衛生陶器を開発していた時代と、やってることは同じなのですね。

清田氏 ええ(笑)。どこかで稼ぎ、新しい事業を支えるという構造は、まったく同じです。

麻生 最近では、セグメントをはっきりさせて、単体のプロダクトでPLを見て赤字だったら撤退するようなポートフォリオ経営論もあります。これについてどう思われますか?

清田氏 もちろん、商品ごとにビジネスとして健全な状態にあるかは見ています。しかし、事業の売り上げだけを見てはいけないということも感じています。私たちは自社の商品を知ってもらうために、トイレからバスルーム、キッチンなど住設に関係する総合的なショールームを展開しています。ショールームは、当社の日本住設事業において最も重要な場所です。あるとき、キッチンの商品にトラブルがあり、キッチンだけ受注を停止しました。すると、ショールーム全体の客足がものすごく落ち込んだのです。ポートフォリオで分けると、私たちの事業はトイレが大きく、キッチンはずいぶん小さいのですが、ショールームの来館動機となるのはキッチンだったのです。

麻生 事業単独では利益が大きくなくても、総合的な商品力に貢献しているのですね。

清田氏 ええ。投資家の方からすると、利益の大きな事業に投資を集中すべきだという話になりますが、私たちの事業はこのような因果関係を含めて見ていく必要があります。単純にソロバンだけではいかないものです。普及に時間を要したウォシュレットですが、世帯普及率が日本では8割ぐらいになり、私どもは業界内で一番いいポジションにいます。市場を切り拓いてきたという自負はありますね。

これからの成長セグメントはセラミックとアメリカ、アジア

麻生 衛生陶器、ウォシュレット、そして現在は新たに「セラミック」事業にも注力されています。これまでの衛生関連とは異なり、“飛び地”のように見えますが、なぜ目をつけられたのでしょうか。

清田氏 便器は陶器ですので、それをつくる“窯業”の技術を私たちは持っています。その延長線上で、1976年からファインセラミックの調査・研究を本格化しました。スタートは、大型の液晶パネルなどの製造に使う構造部材。巨大な窯を持ち、精度の高い部品をつくることができる企業が、他にはなかったのです。今では、半導体製造の前工程に使う静電チャックが主力となっています。半導体製造には、極めて高精度かつ耐久性の高い部品が求められます。ニーズからスタートしたという点で、これまでとは異なる事業だと思います。

麻生 決算を拝見すると、もはや主要事業のひとつですね。

清田氏 ええ、最近では日本住設事業、海外住設事業に並ぶ「第3の柱」と考えています。

麻生 今後は第1、第2、第3の柱を等しく伸ばしていくお考えですか。

清田氏 等しく伸ばしていくというよりも、「ベースとなる事業」と「今後成長していく事業」を、分けて考えるべきだと思っています。ベースを支える事業は、日本住設事業です。日本は少子高齢化が進んで人口が減り、付加価値の高い商品をリフォームでご選択いただく余地は残っているものの、成長率は年に2%や3%程度だと見ています。そこで、「今後の成長事業」として海外住設事業に力を入れてきました。

ここ30年ほどは、中国市場が成長領域でした。しかし中国も成熟期に移り、かつての日本と同じように新築からリフォームへと需要が移り、安定して収益を得る市場へと変わりました。一方、これから成長する領域と見ているのが、アメリカとアジアです。特にアメリカでは長年種まきをしてきましたが、ようやくウォシュレットが本格的な普及の入り口に立つことができました。2030年までの事業戦略において、成長して事業を引っ張っていくのは、先ほどお話ししたセラミックと、アメリカ・アジアだと捉えています。

ウェルネス領域への進出。トイレ空間の可能性は、まだある

麻生 御社はこれまでも、既存事業で収益を得ながら、次の成長を模索されてきました。“第4の柱”となりうる、新たな事業の仕込みはされていますか。

清田氏 柱となるかは未知数ですが、“ウェルネス”には注目しています。世の中を見ると、高齢化が進み健康に対する意識が高まっています。そしてそこに、私たちはアプローチできると考えています。当社の事業はとても恵まれた“特定空間”で商売をしています。この意味するところは、トイレやお風呂は、例外なく服を脱いでいただける稀有な空間ということです。私たちだけがアプローチできる空間でできることは、もっとあるはずです。

麻生 なるほど。健康状態を図るなど、確かにできそうですね。

清田氏 ええ、当社では2021年にCES(※2)において、普段通りにトイレを使うだけで利用者の健康状態に応じてリコメンドを届けるというコンセプトを表明しました。

麻生 開発はどの程度進んでいるのでしょうか。

清田氏 研究レベルではある程度のところまできています。我々が強いのはメカトロニクスで、センシングやネットワークなどは外部の人たちと一緒に取り組んでいます。今は、一社だけで物事を解決する時代ではありません。スタートアップや研究機関とオープンイノベーションで取り組んでいます。

麻生 新たな事業が次々と生まれる、その秘密は何だとお考えでしょうか。

清田氏 社内には、研究所を設けており、そこでグループ員のアイデアを形にするなど、表には出していないけれどいろいろと面白いことをやってるんですよ。また今年からは、新しいビジネスの種を全社から募る取り組みを始めました。ボトムアップでアイデアを募る機会は、これからも多くつくっていくべきだと考えています。

また、仕組みももちろんですが、事業を生み出すには、遊び心というか、楽しくないと続かないと思うんですよね。各々の職場でいろいろな人が意見交換して、自由に融合していくことで、創造物のヒントが生まれてくる。それを好奇心旺盛なエンジニアが形にして、さらに製造の職人が均質につくる。そうしたことを、それぞれの領域のプロフェッショナルが「面白い」と思える雰囲気が社内にあることが、大切だと思っています。

※2 ラスベガスで開催される、世界最大規模の技術見本市

北九州にこだわる理由は。BCPとアジア戦略

麻生 御社はグローバルカンパニーであり、売り上げも多くが首都圏や海外だと思います。本社を東京に移す選択肢もあると思いますが、福岡の北九州市に本社を置き続ける理由は何でしょうか。

清田氏 売り上げでいうと、日本住設事業における九州地区の割合は10%程度です。私自身も、月の半分程度は業務で東京にいます。しかし、それでも北九州に本社を置き続ける利点があると考えています。まず情緒的なところでは、創業の地ということ。当社には海外のグループ員も多く働いていますが、グローバルで経営していると「創業の地」の重要性はとても高い。海外の多くのグループ員は、北九州のこの地を訪れたいという強い思いがあります。機能的な部分では、有事の際に首都圏以外に拠点があることで、事業を継続できる点です。

麻生 本社がBCP(事業継続計画)対策になっているのですね。

清田氏 例えば、東日本大震災のとき。関東周辺の機能がストップしていましたが、当時の社長は北九州の本社に来て采配を振るっていました。北九州と東京の両方に拠点があり、スタッフや経営の機能があることで、人が動けば事業を継続できるのです。そして最大の利点は、アジア。アジアを攻めるには、九州からのほうがやりやすいのです。

麻生 その理由を、少し詳しくお教えください。

清田氏 世界地図があるとして、北九州を中心にコンパスで円を描くと、東京と上海までの距離はほぼ一緒です。私自身、これまで工場の立ち上げなどでよくアジアに往来してきましたが、朝に福岡を出ればハノイの工場で15時からミーティングを開始できる。このスピード感でビジネスができるのは大きいです。もちろん欧米は東京からのアクセスが中心になりますが、アジアなら福岡のほうが圧倒的に有利だと感じています。

100年企業の経営者に必要な、自己で完結しない未来志向

麻生 最後に、清田社長の野心(Ambition)をお教えください。

清田氏 ……私自身、“野心”と呼べるものはないんです。私は17代目の社長になるのですが、私どもの会社がここまで続いてきたのは、各代が個々に野心を持たなかったからじゃないかとすら、思っています。107年の歴史の中で、私どもは浮き沈みしながらも成長してきた。私の代で何か功績を上げるとか、私自身がカラーを出していくとか、そういうことをやると、TOTOとしての筋が通らなくなってしまうんじゃないかと。

これまでの経営を受け取り、18代目19代目にいい状態で会社を渡したい。いま取り組んでいることも、私の代で完結しなくていいと思ってます。司馬遼太郎じゃないですけれども、私たちの立ち居振る舞いを見るのは後世のグループ員なのですよ。

麻生 いやあ、すごい。

清田氏 そのためには、短期的な視点ではなく、未来のために、取り組むべきことをやる。例えば、社会課題や環境課題。現実として今も私どもはガスでCO2を発生させながら、陶器を焼いているわけです。エネルギーをいかに変えていくかは、我々がやるべきことです。私の代で大きな結果までは届かないかもしれませんが、次の世代がやり遂げるために、その入り口の仕掛けくらいまで進めたいです。

麻生 日本企業の一部の経営層は、自分の在任期間中さえよければとか、自分の代で走り抜けられればという病にかかっているといわれていますが、御社に限っていえば全く異なるのですね。

清田氏 そうですね、少なくとも私の入社以降に社長に就いた方で、「自分の代で、自分のために」という方は一人もいませんでした。もちろん、人間としていろいろなタイプはいますよ。しかしそれは個性であって、個人の野心とはちょっと違う気がしています。高い志を持って、どちらの方向に向かっていくという思いはみんな持っていたと思います。 

次期社長や、次の経営陣の候補として名前が挙がる候補者たちの基準も同じです。当社の理念を理解していて、物事に対して誠実であるかどうか。当社においては、人財を見るうえでテクニカルな部分よりも大切な要件なのです。

麻生 そうした一つひとつの考えや姿勢が、今日のTOTOらしさをつくっているのですね。本日はありがとうございました。

text by Emi Sasaki / photographs by Yasunori Hidaka / edit by Keita Okubo

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