75歳以上を地域の活力に!過疎地域の社会課題に立ち向かう「うきはの宝」

Ambitions FUKUOKA編集部

九州の魅力的な企業トップを招き、その“野心”を掘り下げるCROSS FMとAmbitions FUKUOKAによるコラボ企画シリーズ。 今回のゲストは、うきはの宝株式会社・代表取締役の大熊充氏。「75歳以上のばあちゃんたちが働く会社」をコンセプトに掲げ、福岡県うきは市で年々深刻化する高齢化に立ち向かうべく、高齢者の就労問題に取り組んでいる。 高齢者が活躍できる場づくりを推進し、20代〜80代の「多世代型協働モデル」で事業を展開するうきはの宝は、福岡県主催「第20回福岡県男女共同参画表彰」の「社会における女性の活躍推進部門」で表彰を受けた。発行する「ばあちゃん新聞」は全国のメディアに取り上げられるなど、大きな注目を集めている。 ※3/11(月)にCROSS FMで放送されたラジオ収録の会話を基に作成しています。 ゲスト ● 大熊充 うきはの宝株式会社代表取締役 聞き手 ● 田中智恵 Ambitions FUKUOKA副編集長

人生のどん底から救ってくれた、おばあちゃんを笑顔に

田中 まずは「うきはの宝」の事業紹介をお願いします。

大熊 私は、福岡県うきは市の過疎地域で「75歳以上のおばあちゃんたちが働ける会社」うきはの宝を経営しています。ばあちゃんたちと若者が協力して働くことで、地域を元気にするモデルケースをつくり、少子高齢化に苦しむ日本を救いたい、という思いで2019年に創業しました。

具体的なサービスとしては、ばあちゃんたちが昔から親しんできた味を商品化して販売するECサイト「ばあちゃん飯」や、ばあちゃんたちと一緒につくる「ばあちゃん新聞」の発行(月刊)などに取り組んでいます。

田中 福岡県うきは市は、大分県との県境に位置する、自然豊かな地域。一方、少子高齢化のペースは全国平均より早く進んでおり、人口は2020年の約2万8000人から2040年に約1万8000人※になることが予想されています。いわゆる「過疎地域」といえるエリアです。

※第2期うきは市ルネッサンス戦略より

大熊 うきは市のような日本の過疎地域では、高齢者が圧倒的に多く、若者が少ない逆三角形の人口ピラミッドになっています。

自分が生まれ育った地域だからこそ、マンパワーが少なく、財源も縮小してきていることを肌で感じていました。このまま若者だけで高齢者をサポートし続けるのは、どう考えても不可能だと思ったんです。

そこで、20代から90代が一緒に働き、ばあちゃんたちの知識やこれまで培ったスキルを商品として世の中に出す。そして仕事としての対価をおばあちゃんたちにしっかり還元することで、地域での暮らしをサポートする仕組みを考え、この会社を起業しました。

田中 事業は「ばあちゃん新聞」「ばあちゃん飯」など「おばあちゃん」に着目されています。その理由は何ですか?

大熊 自分の原体験が関係しています。実は20代の頃にバイクで自損事故を起こして、約4年間入院していたんです。

20代の若者にとって4年の入院生活は想像以上に辛く、人生のどん底でした。でも、そのときに同じ時期に病院に入院していたばあちゃんたちからたくさん励ましてもらい、社会に戻って来ることができました。

私が社会に復帰できたのは、ばあちゃんたちと過ごした時間があってこそです。だから、そのときのばあちゃんではなくとも、「ばあちゃん」という属性に対して何か恩を返したい、笑顔にしたい、と思ったんです。

経験豊富なおばあちゃんたちが発行する「ばあちゃん新聞」

田中 今、私の手元に「ばあちゃん新聞」がありますが、載っているおばあちゃんたちの笑顔が眩しいですね。

大熊 そうなんですよ。やはり、人と関わること、社会と接点を持つことは、何歳になろうとも元気の源になりますよね。

仕事をしながら人と関わってパワーがみなぎってくるうえ、社会にも貢献できるので、ばあちゃんにも社会にとってもポジティブな影響があると感じます。「ばあちゃん新聞」の編集部には、私のほかに、若い編集部メンバーや「ばあちゃんライター」も所属していて、一緒に制作しているんですよ。

田中 「ばあちゃん新聞」では、どのようなことを紹介されているのですか?

大熊 例えば、お孫さんのお店を手伝うパワフルなばあちゃんなど、元気に活躍するばあちゃんたちを紹介するコーナーがあり、「同世代の活躍は元気が出る!」と喜んでいただいています。そのほか、レシピをはじめばあちゃんたちの「人生観」や「子育て観」といった、インターネットでは得られないヒントや生きる知恵が詰まっています。

田中 読者は同じく「おばあちゃん」でしょうか?

大熊 6〜7割の読者は、ばあちゃんと同世代ですが、残りは30代から50代まで男女問わず幅広い方に購読いただいています。

新聞の中にはばあちゃんへ相談できる「人生相談」コーナーもあるのですが、あるときは大学生の恋愛相談だったり、ある時は「旦那がいうことを聞きません」のような夫婦の悩みだったりと、質問者も幅広いんですよね。人生経験豊かなばあちゃんが毎回見事に回答していて、とても好評です。

田中 今は祖父母と一緒に住む家族が少なくなっているので、年上の人へ相談できる機会も減っています。若い人も興味があるコンテンツだと思います。

仕事のミスでおばあちゃんが辞職? 異なる「仕事観」を越える方法

田中 もう1つの事業、「ばあちゃん飯」についても、詳しく教えてください。

大熊 「ばあちゃん飯」は、もともと「食堂」の事業として始まりました。当初は連日予約が埋まるくらい繁盛していましたが、コロナで休業が続き、泣く泣くお店を閉めることになりました。

しかし、「若い人に、ばあちゃんたちの味を食べてもらいたい」という想いは変わらず、次の一手として、食品ブランド「ばあちゃん飯」を立ち上げました。通販用にお惣菜、調味料、おやつなどの商品をばあちゃんたちと開発し、販売しています。

特に、濃厚な甘味が特徴な干し芋「蜜な干し芋」は、すごく人気で、今は1カ月以上待ちの状況。この商品は福岡県の県知事賞もいただきました。

田中 おばあちゃんと一緒に商品開発するのは個人的に楽しそうな印象を受けますが、事業を行う上で大変だったことを教えていただけますでしょうか。

大熊 仕事に取り組む姿勢や考え方の面で、やはりギャップはあります。

先日、88歳のばあちゃんが「蜜な干し芋」を作る工程で使用する機械の設定を間違えて、材料の芋をダメにしてしまったんです。その時に怒るつもりもなく「次から気をつけてね」と伝えたのですが、かなりショックを受けてしまって……。

「会社に損害を出したので、退職したい」という内容の手紙と、ティッシュに包まれた1万円が封筒に入った状態で会社のポストにありました。「ばあちゃんがいなくなるほうが会社にとって損害だよ。ばあちゃんの存在が会社の宝だから」と5日くらい説得して、続けてもらえることになりました。

75歳以上の女性の方は、「会社で働く」という経験がない人も多くいます。僕が何気なく伝えた言葉も、受け取る側の印象は異なるものだとギャップを実感しました。

「値決め」は経営者目線、「採用」はおばあちゃん目線で

田中 先ほどの「ビジネスに関する感覚の違い」に紐づく質問ですが、商品の値付けや採用については、どのようにおばあちゃんたちと決めていらっしゃるのでしょうか。

大熊 価格設定は、すべて私がおこなっています。ばあちゃんたちは、とにかく安価に提供して「おもてなし」をしようとするためです。例えば、おにぎり2個のセットを100円台で販売しようとします。

物価が高騰している現代において、それでは商売になりません。そこで私が300円と値付けすると必ず「ぼったくりだ」「売れるわけがない」と反発されます。300円で売れることを何度も立証したのですが、それでも納得できない様子でした。

田中 おばあちゃんの気持ちも理解できますが、値決めは経営の根幹ですからね。

大熊 一方で、採用はばあちゃんたちに任せています。以前私が採用していたときは、近所で出会うばあちゃんにとにかく声をかけていました。

しかし、仕事を始めると、職場の先輩ばあちゃんたちと馬が合わないケースがあり、叱られたんです。「ばあちゃん」といってもひとくくりではなく、相性の良しあしやチームのカルチャーがあるんですよね。

それに対して理解の少ない私がやると、問題が浮上します。ばあちゃんたちが集まって楽しみながら仕事をするのが私たちの事業ですので、ばあちゃんたちの意見を尊重することが大切だと実感しました。

若者と高齢者がともに働く未来を、日本中の過疎地域で実現

田中 うきはの宝には現在、全国のさまざまなエリアから問い合わせが寄せられていると伺いました。

大熊 はい。もともとは私の原体験からスタートした事業ですが、世間からの反響が予想以上にありまして。特にメディアに露出された影響も大きかったです。「うきはの宝が近くにあったら、私も働きたい」と全国のばあちゃんたちから数百件単位で問い合わせが来るんですよ。

これだけ地域に同様の課題があり、待ってくれている人がいるのであれば、この事業の仕組みは他のエリアにも広げていくべきだと感じています。今は実際に、年間で5つの地域にがっつり入って、高齢者が活躍できる仕組み構築のサポートをしています。ほかにも、セミナーやワークショップで全国を飛び回って、まずは取り組みを知ってもらうための活動にも力を入れているところです。

田中 例えば私は、福岡県嘉麻(かま)市の出身なのですが、「嘉麻の宝」のような形で、どんどんほか地域に事業が広がりそうですね。

大熊 おっしゃる通りですね。構想段階ですが、ECサイト「ばあちゃん市場」のような、全国のばあちゃんたちが手作りしたもの、プロデュースした商品を取り扱うプラットフォームを将来的に作れたらよいな、と考えています。地域では続々と新商品が登場しているので、実現の可能性は十分ありますし、今後もばあちゃんたちが働く場がどんどん増えるだろう、と思っています。

年齢問わず、誰もが経験・ナレッジを発揮して働ける環境を

田中 うきはの宝が、今後最も目指していきたいのは、どういったところでしょうか?

大熊 「75歳以上のばあちゃんたちが働ける場を作りたい。」という思いで創業しました。これを実現するために「500人規模の直接的・間接的雇用環境をつくること」をビジョンとして設定しています。

また弊社の事業は、高齢者のセカンドキャリア、働きやすさの枠組みを見直す、変えていくところにも貢献できると考えています。20代から80代までを実際に雇っている弊社だからこそ、今の日本の雇用制度に対して課題が見えていまして。

例えば、働き盛りの世代と80代の人が同じ条件で雇用されること。雇用保険への加入条件や最低時給は、70歳以上が働くことが想定されていない基準のままとなっています。「人生100年時代」、「生涯現役」という言葉を現実的に受けとめるためには、環境を整えなければなりません。

田中 ビジネスの観点でいくと、「おばあちゃんたちが働き手になる」ということを多方面にインプットすることは、すごく重要ですね。たくさんのナレッジもお持ちの高齢者が働きやすく、かつ経験やスキルを存分に発揮できる職場をつくることが企業や自治体側に求められます。

最後に、大熊さんの“Ambition(野心)”を教えてください。

大熊 私たちの事業は、たしかにものすごくビッグなビジネスではないかもしれませんが、社会的意義があります。高齢者が働きやすい場所をつくることは簡単ではありません。だからこそ、今も課題として残っているのでしょう。しかし、今後は簡単ではない課題に手を付けていかなければなりません。そこから目を背けていると、私たちだけでなく子どもや孫の世代に負荷がかかる一方です。

適度な経済活動は、いくつになっても絶対に良いものだと思います。働きたい強い意欲がある方々に社会で活躍してもらい、日本を支える力に変えていくサポートができるよう、頑張りたいです。

text & photographs by Ryoya Sonoda / edit by Keita Okubo

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