【九州大学発】宇宙開発企業。地球の“準リアルタイム観測”を目指すQPS研究所

大久保敬太

福岡のスタートアップシーンで今話題を集めているのが、2023年12月にIPOを果たした九州大学発ベンチャー・株式会社QPS研究所だ。「九州に宇宙産業を根付かせる」をミッションに掲げ、世界的にも難しいと言われている小型SAR(Synthetic Aperture Radar)衛星の開発に成功。地球を「準リアルタイム」で観測するために衛星プロジェクトを推し進めている。 九州を拠点に活動するビジネスリーダーを迎えるインタビューシリーズ。今回はQPS研究所 代表取締役社長 CEOの大西俊輔氏を招く。

天候や時間に左右されない地球観測「SAR衛星」

大久保 まずはQPS研究所の事業についてお教えください。

大西 QPS研究所は、宇宙開発企業です。宇宙開発というとロケットをイメージする方が多いかもしれませんが、私たちは「QPS-SAR」というレーダーで観測する衛星を開発しています。そしてその衛星で地球を観測して取得したデータを販売することが主幹事業です。

大出 SAR衛星での地球観測には、どのような特徴があるのでしょうか?

大西 まず、宇宙から地球を観測する衛星は大きく分けて2種類あります。

一つは「光学衛星」というもので、カメラで地球を撮影する方法です。天気予報などで使われている雨雲の映像などは、皆さんも馴染み深いものだと思います。

この方法では、カラー画像が取得できるのですが、夜間や地球の表面に雲・噴煙がある状況では、当然地表を観測することができません。

もう一つの方法が、SAR衛星での観測です。SARは合成開口レーダというもので、電波を地表に向かって発射し、跳ね返ってきた電波を受信して処理することで画像を生成します。使用している電波の周波数が短く、雲や噴煙を貫通するため、天候条件や時間に左右されることなく地表の画像データを取得できるのです。

大出 SAR衛星から獲得したデータは、どう活用されるのでしょうか?

大西 現時点のビジネスでは官公庁への画像データ提供が主軸です。今後、データをさらに広く活用してもらうために、ゆくゆくは民間企業でも使ってもらいたいと思っています。

たとえばインフラ系企業では、各地域のインフラ管理に衛星データが活用できるのではと検討を始めています。何かあるたびに現地に足を運び、データを取得するのは労働人口が減っていく中では効率が悪くなっていきます。宇宙からの視点があれば広い土地を一気に観察できますよね。

また保険業界でも活用できると思います。宇宙の視点から災害発生時の被害状況の把握を効率化することで、被災者への保険金の迅速な支払いに貢献できると考えています。

大型パラボラアンテナを搭載する、小型で高分解能のSAR衛星

大出 時価総額が1,000億円を超え、御社の事業への関心の高まりと同時に、提供価値が認められてきているように見受けられます。地球観測事業における、御社ならではの強みを教えてください。

大西 私たちがどうしてこの衛星を開発できたか、そのキーをひとことで言うと「宇宙空間で広がる大きな収納型パラボラアンテナ」の開発に成功したことにつきます。

SAR衛星は、高度500~600kmの上空から地上に向けて電波を発します。その距離まで電波を到達させるには強い電波を出す必要があり、多大な電力や大きなアンテナを要しますので、何トンという大型SAR衛星は世に存在していましたが、SAR衛星を小型化することは難しいと言われていました。

そこで当社は、利得の高い大型パラボナアンテナを小型衛星に搭載できるほどコンパクトに収納し、宇宙空間に到達した時点で大きく広げる仕組みを開発しました。アンテナを使って強い電波を出すためには、アンテナのお椀は理想の形から1~2mmもずれてはいけません。それを宇宙空間で広げて実現できる技術こそが強みだと言えます。

このアンテナにより小型のSAR衛星ながら非常に高精細な46cm分解能(1ピクセルの大きさが46cm)のデータを取得できるようになりました。建物や道路はもちろん、芝生とランニングコースの境目などが鮮明に識別できます。

また、QPS-SARの開発費は従来のSAR衛星に比べて約100分の1のコストです。その分、多くの衛星を打ち上げることができるようになります。

※QPS研究所のSNS投稿。QPS-SAR 5号機「ツクヨミ-Ⅰ」の高精細モードによる画像が公開されている。

QPS研究所の設計力 × 地場企業の製造力

大久保 大西さんは、2013年に株式会社QPS研究所に入社し2014年に社長に就任、そして小型SAR衛星のプロジェクトを立ち上げられたと聞きました。現在のビジネスを構想していく過程で、福岡に拠点を置くことのアドバンテージはありましたか?

大西 九州にはロケット射場がありますが、そこで打ち上げられるロケットや衛星は違う地域で作られて運ばれてきていました。

しかし、九州には高い技術力を持った製造業の会社も多く、九州で衛星を作って九州から宇宙へ打ち上げるような、宇宙の集積地になる可能性が秘められていると考えた九州大学名誉教授の八坂哲雄先生と桜井晃先生、そして三菱重工株式会社のロケット開発者・舩越国弘氏は、九州の地場企業に宇宙産業に参入しないか声をかけ、一緒に大学の衛星プロジェクトを始めるなどの活動をしました。そして、「九州に宇宙産業を根付かせたい」という思いで2005年にQPS研究所を創業しました。

こうした経緯があるため、私が入社した2013年には、すでに衛星開発で協力してくれる地場企業が多く存在していました。QPS研究所は自分たちだけで開発を行うのではなく、高い技術を持つ地場企業と協力して衛星開発・製造をしています。

だからこそ、世界でも難しいと言われていた小型SAR衛星を短い期間で開発することができたと考えています。創業者の時代から長い時間をかけて、20社以上の地場企業が、皆で宇宙開発の知見を蓄積してきましたが、このような地域は日本中を探してもそうないのではないでしょうか。

大出 日本には製造の分野で高い技術力を持っている企業はたくさんいますが、生かしきれていないケースもあると思います。QPS研究所のように、地域の技術を未来につなげていく取り組みは素晴らしいですよね。

大西 創業メンバーが築いてきた基盤を事業としてさらに成長させたいという思いはもちろんあります。

そして、私個人の思いとしては、九州に宇宙産業を根付かせるために、大学を卒業して九州を出て行った、素晴らしい技術者や豊富な知見を持つ研究者を九州へ呼び戻したいのです。世界でもまだ実現していない宇宙開発に取り組む拠点を福岡につくることで、九州で働きたいと思う人を増やしたいと考え、現在のQPS-SARのプロジェクトを推し進めています。

準リアルタイム観測を実現し、不安のない世界へ

大久保 QPS研究所は2023年12月に上場。小型SAR衛星開発の分野では唯一の上場企業として成長を続けていますね。今後の事業の展望を教えてください。

大西 現在のプロジェクトにおける最終的な目標は、世界中ほぼどこでも平均10分以内にデータを取得できる「準リアルタイム観測」の実現です。有事の際にどこからでも地上の状況が把握でき、迅速に宇宙からのデータが提供できる、そのことによって不安がなくなる世界を創りたいと思っています。

現在は2028年5月までに24機体制にして、その後、ニーズに合わせながら、さらに高頻度に観測できる36機体制に向けて進んで行く予定です。

大西 将来的には、SARデータがGPSのように生活のなかに浸透し、皆さんが知らないうちに色々なアプリケーションなどで使用されて活用されるものに育ってほしいですね。

GPSは位置のリアルタイムデータで、SARデータはリアルタイムの地表面の画像データです。この2つをリンクさせた情報は、今後様々な形で日常に取り入れられていくはずです。そこまでいってようやく「SARデータが人々の役に立った」と言えると思います。まずはそのビッグデータを取得し、広く提供できる状態に持っていけるまでがんばりたいです。

大久保 私たちも福岡のポテンシャルを信じています。最後に、大西さんの“Ambition(野心)”を教えてください。

大西 幼い頃からずっと宇宙への憧れがあり、木星に行きたいという夢があります。30年後、40年後、私がおじいちゃんになるころには、宇宙を行き来することが当たり前になっているでしょう。

その未来に、木星に旅行に行く……のではなく、宇宙空間で宇宙船の修理やメンテナンスをやりたい。ほら、宇宙の映画やアニメなどで見るでしょ。宇宙服を着て作業しているおじいさんのキャラクターみたいに。最後まで、宇宙の最前線で活動していたいです。

text & photographs  by Ryoya Sonoda  / edit by Keita Okubo

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