【山本正秀】明太子を「科学」する。九州の食文化を技術力で切り開く

Ambitions FUKUOKA編集部

福岡県の特産品、明太子。70以上の明太子メーカーがひしめく福岡県で、約50年にわたって明太子をつくり続けてきたのが、株式会社やまやコミュニケーションズ(以下、やまや)だ。 徹底した研究とテクノロジー活用、そして海外進出など、様々なチャレンジを続ける山本正秀氏に話を聞いた。山本氏には、明太子にとどまらず九州の食文化を世界へ発信したいという野望があった。 ※本記事は『Ambitions FUKUOKA Vol.1』(2023年11月14日)の転載です

山本正秀

株式会社やまやコミュニケーションズ 代表取締役社長

1970年福岡県生まれ。東京大学経済学部を卒業後、兼松株式会社に入社。1998年株式会社やまやに入社し、取締役経営企画室室長を経て副社長に就任。1998年9月からはYAMAYA USA,Inc.の社長として、アメリカの和州牛の卸ルート拡大に着手。2000年から現職。

明太子製造の土台となる“テクノロジーと研究”

2023年4月に稼働を始めた本社工場に入ると、来場者受付用のタブレットに出迎えられた。無人化や省力化が行き届いた本社工場で、社長の山本氏は「AIやセンサーなどのテクノロジーを活用しながら、おいしい明太子をつくるための試行錯誤を続けています」と話す。

やまやは1974年、山本物産として立ち上がった明太子メーカーだ。山本氏は創業者・山本秀雄氏の息子で、2代目社長として20年以上経営にあたっている。

「常に考えているのは明太子のおいしさ。どうしたらさらに旨味が増すかについて大学などとも連携しながら研究を進めています。明太子を科学することで、おいしさの追求を続けています」

やまやの明太子づくりは、オホーツク海などで行われるスケトウダラ漁に技術指導員として社員を派遣し、明太子に適した原卵を仕入れるところから始まる。原卵は塩漬けにしてたらこになり、そこからさらに独自の漬け込み液に漬けることで明太子ができるのだ。そのうち、形がふっくらしていて、弾けるような粒感の明太子は、特に高級品として取引されるという。

やまやの開発部門では、ふっくら、プチプチとした粒感の明太子をつくるために最適な製造温度や漬け込み時間を研究している。また、最適な条件を保って効率的に製造するために、AIの画像認識システムを活用してたらこを仕分けたり、原卵の成熟度をセンサーで識別したりする技術を開発したという。

「研究をしてきたひとつの集大成が今の工場です。生産性は従来の1.3倍になりました。また、ふっくらとして粒感の良い、贈答用になるような明太子を効率的に生産できるようになりました」

厳しい環境も、新規事業で活路

しかし、山本氏はこれまで順風満帆に経営者としてのキャリアを積んできたわけではない。社長に就任した2000年頃、明太子の原料となるスケトウダラの卵の価格が高騰。一気に買いだめしたものの、莫大な在庫を抱えることになってしまった。

当時は一部の商品でリコールもあり、売り上げが3割ほど減ってしまったという。取引先や銀行に謝罪に行く日々だったが、山本氏は諦めなかった。

「命が取られるわけではない、と思っていました。つらいというのは感覚的なものなので、つらいと思わなければつらくないし、もっとつらい思いをしている人はたくさんいます。だから、知恵を絞ればなんとか乗り切れるのではないか、という心持ちでなんとか経営を進めていました」

厳しい環境に置かれても諦めることなく、知恵を絞り挑戦をし続ける。その精神から、デジタル化や販路拡大など、事業の立て直しを急速に進めた。

明太子づくりだけでなく、パンに塗る明太スプレッドや、カラスミのようなドライ明太子など、明太子の関連商品も数えきれないほど開発している。山本氏が大切にしているのは、仮説を立て、とにかく売ってみることだ。小さなトライ&エラーを繰り返しながら、ヒット商品につなげていく。

「焼いたり乾燥したり、ソースに混ぜたりと、いろいろ挑戦していて。多分、業界で一番試行錯誤していると思います。食べてみて、おいしければとりあえず売ってみる。それで売れなかったら撤退する、というやり方です」

さらには、果実のリキュール製造やコメ・イチゴの生産など、明太子にとどまらない幅広い事業も展開。海外展開もやまやの強みとなっている。

「昨今の日本食ブームもあり、海外市場に可能性を感じています。特に東南アジア。最近はハラール食の明太子を開発していて、イスラム圏への展開も進めているところです」

食文化を発見、発信する企業へ

やまやは2022年、「九州から世界へ、やまやスタンダードを。」を企業ビジョンに掲げた。海外に向けて挑戦をしていくだけでなく、改めて九州の魅力を再発見していく取り組みにも力を入れている。

山本氏が今注目しているのが、九州の離島だ。長崎県の五島列島などに出向き、世界に発信できる面白い食文化がないかを探しているという。

「明太子は、もともと韓国の料理です。韓国から日本に伝わって文化として根付き、今では韓国から福岡に明太子を買いに来る人もいます。これって、とても面白いと思いませんか。九州にはほかにも、明太子のような面白い食文化が眠っているのではないかと考えています。地域を改めて『発見』し、それをスタンダードとして世界に発信していく。福岡の食文化を担う明太子メーカーとして、地域の魅力を広めていく使命があると考えています」


Fukuoka's Future Forecast 福岡の未来予想

「元気なまち」のモデルに

福岡県がモデルとなって、県内の活力や元気を県外に波及させていけるような存在になると思います。

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Scrap & Build 福岡未来会議

100年に一度といわれる大規模開発で、大きな変革期を迎えている、ビジネス都市・福岡。次の時代を切り拓くイノベーターらへのインタビューを軸に、福岡経済の今と、変革のためのヒントを探ります。 また、宇宙ビジネスや環境ビジネスで世界から注目を集める北九州の最新動向。TSMCで沸く熊本をマクロから捉える、半導体狂想曲の本質。長崎でジャパネットグループが手がける「長崎スタジアムシティ」の全貌。福岡のカルチャーの潮流と、アジアアートとの深い関係。など、全128ページで福岡・九州のビジネスの可能性をお届けします。

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